志川節子(作家)
12月×日 師走なのに最高気温20度って。何を着るかと、朝、考え込むことしばし。結局、秋に着ていたユニクロに落ち着く。50代おばさん、代わり映えしない毎日。
原田ひ香著「喫茶おじさん」(小学館 1650円)を読む。バツイチ57歳の純一郎、再婚した妻との間に大学生の娘がいる。が、妻は娘のアパートに移り住み、純一郎と別居中。実は彼、会社を早期退職した際の退職金で喫茶店を始めたものの、半年で潰したのだ。ふつうはトラウマになりそうだが、彼はそこから喫茶店、それも純喫茶巡りを始め、人生を考える。
ページを繰ると珈琲の香りが漂うのはむろん、タマゴサンド、クロックムッシュ、プリンアラモード等の微に入り細を穿った描写に身悶えし、口に唾が湧く。ビールにも合いそうなビーフカツサンド、飲み屋の〆に出されるナポリタン等、斜め上からの攻撃もあり油断できない。珈琲の香りがふんわりと読書に寄り添ってくれる、喫茶エンターテインメント。
そりゃもう、行きたくなるよね。ええ、行きましたとも。純喫茶で「喫茶おじさん」を読むおばさん。喫茶店でビールを飲んだことは、まだないけれど。
12月×日 月初めに上梓した「アンサンブル」(徳間書店 1980円)の取材申込みを頂く。ありがとうございます。物語に登場する島村抱月は明治の末、銀座にあったカフェー・プランタンの常連だったとか。これが我が国初のカフェー。
喫茶店つながりで、三田完著「モーニングサービス」(新潮社)を。浅草は観音裏の「喫茶カサブランカ」に集う人々の悲喜こもごもが描かれる。店のお薦めは厚切りトーストに茹で卵、ミニサラダ、珈琲か紅茶の付いたモーニングサービス。ポイントは、トーストに塗られた香り高い小岩井バターだ。
ぬくもりある筆致が心地よく、自分もカサブランカの客になったような気がしてくる。浅草界隈で見られる四季折々の情景も読みどころの一つ。読後に小岩井バターを買いに走ったのは、いうまでもない。