「ローカルボクサーと貧困世界」石岡丈昇著
ディープな参与観察をする人に、尽きせぬ憧れと小さな敗北感を抱いている。たとえば沖縄の若者を調査するため暴走族のパシリになった社会学者・打越正行さんとか、タンザニアの路上商人となって彼らのいかがわしくもたくましいビジネスを研究した人類学者の小川さやかさんとか。
勇気と時間を捧げた者にしか見られない風景がある。たったひとりで現場に潜入し、学問に裏打ちされた地道な調査手法で切り結ぶ。そういう人が書いた本は、どうしたってもう、面白いに決まっている!
そしてこのたび、わたしはまた一冊の「やばい本」に出会ってしまった。フィリピン・マニラの貧困地域にあるボクシングジムに住み込んで、自らも毎日練習に参加しながらフィールドワークをした社会学の研究書。ジムの構造や興行の仕組みから、ボクサーの試合当日までの行動、酒、女までつぶさな観察に圧倒される。地べたに生きるボクサーたちの息づかいが聞こえてくるようで、ページをめくる手が止まらなかった。
著者がローカルボクサーのむさ苦しい寮で暮らしたのは2005年4月からの1年間。調査はその前後10年近く続けられ、本書の親本は12年に出版されている。こんなに面白い本をわたしは見逃していたわけだ。今回新たに刊行された増補版には「その後のボクサーたち」と題した後日談が盛り込まれていて、それがまた最高に味わい深かった。
ボクシング市場の本質は「敗者の生産」だという。負けるボクサーがいなければ成立しない世界だ。しかし敗者になっても人生は続く。その目線がとても温かい。
(世界思想社 3960円)