「HOTEL 目白エンペラー」那部亜弓著
「HOTEL 目白エンペラー」那部亜弓著
書名をひと目見てピンときた読者は、きっとバリバリの昭和世代であろう。一世を風靡したあのホテルの名称をモジった本書は、そう、昭和のラブホテルの写真集だ。
セックスの場を提供するという目的に特化したホテルは日本固有の文化であり、非日常を徹底的に追求したその空間に魅せられた著者は、これまでに1960年代から80年代にかけて建てられた昭和のラブホテル350軒を撮影。その中から選りすぐりの写真を編んで、読者の目の前に、理想であるとともに架空のラブホテルを出現させたという趣向だ。
客になった気分でページを開くと、そこはフロント。それぞれに趣向を凝らした部屋を自分で選べる、あのお馴染みのパネルが出迎えてくれる。
同館の「2階」に見立てた章では、和風の部屋が並ぶ。和風と言っても、もちろん旅館のそれとはテイストが異なり、部屋のメインは愛し合う2人の舞台となるベッドだ。
回廊風の廊下の先、一段高くなった場所にしつらえられたベッドは、四方を障子や御簾、格子などで空間を仕切られ、まるで時代劇に登場する江戸時代のお殿様の寝室並みの豪華さ(写真①)。ほかにも、甲冑が飾られた戦国武将風の部屋や囲炉裏まである武家屋敷風など、さまざまなデザインの部屋がある。
続く「3階」には、ゴージャスなヨーロピアンスタイルの部屋が揃っている。
豪華なシャンデリアが吊り下がる吹き抜けの応接間はラブホテル内とは思えぬ贅沢な造り。とある寝室はエロチックなレリーフと格調高い壁紙、そして部屋の半周を覆う緞帳風のカーテンが上がると大きな鏡が現れるという仕掛けだ。
ほかにも、ギリシャの神殿を彷彿とさせる柱の意匠が印象的な部屋や、ヨーロッパの古城の中を模したと思われる石造りの内装の寝室など、やはり昭和世代の日本人にとってヨーロッパは豪華の代名詞だったようだ。
そして「4階」では、台湾製の高級調度が配された部屋(写真②)などオリエンタルな部屋を特集。
カップルが現実を忘れて官能の世界に没入できるよう隅々までこだわってつくり上げられた夢の空間。
これまでどれほどのカップルが、このベッドの上で愛を交歓してきたのだろうか。
ここまでは目白エンペラーのA館。A館が豪華さを追求した部屋とするならば、B館は70年代のヒッピー文化全盛のころのサイケデリックな壁紙などを用いたポップな部屋をはじめ、本物のアメ車を用いたベッド(写真③)など、さらなる奇想の世界へとカップルを導く。
こうしたラブホテルの部屋を見ているだけで、昭和という時代の元気さがよく分かる。
しかし、風営法などによって回転ベッドを自主規制するなど、こうした昭和のラブホテルは姿を消しつつあるという。失って初めて分かる良さが、昭和のラブホテルにはある。
(東京キララ社 2200円)