「ラトランド、お前は誰だ?」ロナルド・ドラブキン著 辻元よしふみ訳
「ラトランド、お前は誰だ?」ロナルド・ドラブキン著 辻元よしふみ訳
フレデリック・ラトランドは第1次世界大戦で活躍し、イギリス海軍の若き英雄になった。それから四半世紀の後、日本海軍がハワイの真珠湾を奇襲し、日米開戦に至る。実はこの開戦の裏側でラトランドが決定的な役割を果たしていたという事実を掘り起こした衝撃のノンフィクション。
航空技術に精通するラトランドは、1920年代の前半から日米間を行き来して、日本海軍に有益な情報を提供し続けた。日本の航空機や空母の改善点に具体的なアドバイスも行った。日本海軍の軍人たちはラトランドを大歓迎。山本五十六を交えた高級料亭でのゲイシャパーティーに招かれたりもしている。
自信家のラトランドは、日本海軍に膨大な報酬を要求し、移動は常にファーストクラス、ハリウッドに大邸宅を構えて、2番目の妻と2人の子どもと優雅に暮らした。イギリス情報部から行動を監視されてはいたが、スパイの暗さは微塵もない。貿易会社の経営者として自由に動き回り、ハリウッド社交界でスターたちと交流した。下層階級から自力で這い上がったラトランドは行動的で楽天的。日本がアメリカを攻撃するはずはないと考えていた。
しかし、日本は本気だった。対米戦に向かって海軍はどんどん力をつけていた。脅威を察知したラトランドは、今度はアメリカの海軍情報局トップと手を結び、二重スパイとなって活動する。日本軍の実力を知るラトランドはアメリカと祖国イギリスに警告を発するが、誰も耳を貸さなかった。そして彼の予想は的中してしまった。
近年FBIが機密解除したラトランド関連のファイルに基づく本作は、1人のイギリス人スパイを蘇らせ、真珠湾攻撃の知られざる側面を明らかにした。チャップリンやイアン・フレミングら、実在の人物が次々に登場するこの現代史ノンフィクションは、スパイ小説さながらに面白い。事実は小説より奇なり、である。
(河出書房新社 2970円)