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大高宏雄映画ジャーナリスト

1954年浜松市生まれ。明治大学文学部仏文科卒業後、(株)文化通信社に入社。同社特別編集委員、映画ジャーナリストとして、現在に至る。1992年からは独立系を中心とした邦画を賞揚する日プロ大賞(日本映画プロフェッショナル大賞)を発足し、主宰する。著書は「昭和の女優 官能・エロ映画の時代」(鹿砦社)など。

小栗旬×星野源「罪の声」は共演陣の“瞬間芸”も素晴らしい

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 映画の話題は、「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」ばかりではない。小栗旬星野源主演の「罪の声」の公開が始まったことに注目してもらいたい。昭和の時代を震撼させ、いまだ多くの謎をもつ未解決事件を題材にしたミステリー大作だ。力作である。

 塩田武士の原作をドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」などの野木亜紀子が脚色し、「映画 ビリギャル」などの土井裕泰が監督した。現実の事件を見事なフィクションとして仕上げ、驚きの展開を繰り広げる。大胆不敵な犯行を続けた犯人側は、金銭的な利益は何も得ることはなかった。その理由は何なのか。原作は金銭授受に子どもの声が使われた手口からインスパイアされたという。

 小栗は、未解決事件を追う新聞記者。星野は、カセットテープに残っていた自身の声が犯行時に使われたものと酷似していることに気づくテーラー主人を演じる。2人がそれぞれの立場から事件の真相を探っていき、そこから“犯人グループ”の割り出しにたどり着くまでを描く。

ベテラン、中堅勢の光る演技

 緻密かつスリリングな話の展開には度肝を抜かれたが、筆者がもっとも心を揺り動かされたのは、映画の大もとのその部分ではない。職場の同僚はじめ、2人が会いに行く多くの人物たちが何とも魅力的に描かれていたのである。それは、もちろん俳優たちの演技から生まれている。ベテラン、中堅の俳優を中心に本当に短い出演場面ながら最大限の力量を発揮し、映画の筋と絶妙な絡み合いを見せる。

 そう感じたのは俳優陣の中心点にいる主演の2人、小栗と星野がともに自身の経歴のなかで特筆すべき演技を見せたからだと思う。小栗は読者受けを狙いがちな職業的なわだかまりを抱きつつも淡々とした取材手法で犯罪の中核に行き着く。皮相な正義漢とは無縁だ。地道な仕事ぶりが堂にいっていた。星野はまっとうな性格がゆえに行動せざるを得ない切羽詰まった内面の苦悩を風貌に刻みつけ、圧巻であった。

 2人の演技にみなぎる静かだが、ぐいぐいと核心部分に迫っていく熱量の強さが、周囲の俳優たちにも存分な光を当てていくといったらいいか。新聞社勤務の古舘寛治松重豊の軽妙なふるまいが、どれほど本作の苛烈なドラマ展開のゆるやかなクッションになっていたことか。星野に助け舟を出す職人の火野正平の悠々たる態度。重要証言をする塩見三省のドキドキするような声質と凄みの先をいく年輪を重ねた風貌。証言者のなかで異彩を放つ橋本じゅんの正直を絵に描いたような逡巡する表情。麻雀荘で世間の裏事情を知る正司照枝のさもありなんというさりげない一言。小栗に塩見を紹介する堀内正美の折り目正しい安定感。

まさに「俳優の映画」

 加えて、インディペンデント系作品ですでに実績の高い宇野祥平、水澤紳吾、篠原ゆき子(事件の関係者たち)らの渾身の演技の数々には本当にしびれた。日活ロマンポルノで知られる宮下順子と岡本麗の登場も、ただただうれしい。大きな役どころの梶芽衣子と宇崎竜童には少しマニアックにはなるが、2人の共演作として名高い増村保造監督の傑作「曾根崎心中」(1978年)を思い出したことを付け加えておきたい。もっと多くの俳優たちが際立った演技を見せているが、全員の名を挙げるわけにはいかない。それぞれの俳優たちの持ち味を知りつくした演出とそれに見事に応えた演技の数々が何度もいうが、全く素晴らしい。

 コロナ禍のなか、多くの俳優が苦境に陥っていることだろう。本作は俳優に勇気と希望を与えたと思う。ベテラン、中堅どころの人たちばかりではなく、新人にもこれから俳優を目指す人たちにとっても同じことがいえる。脚本の構成力が俳優たちに光を与えるようにできていたともいえるかもしれない。

 まさに「俳優の映画」なのである。犯行劇を暴く終局の展開(見てのお楽しみ)に、筆者がいささか疑問をもったのは事実だが、それはまた別の話だ。とにもかくにも「罪の声」は今年の忘れられない作品の1本になった。映画館で「罪の声」を聴いてみたらいかがだろうか。

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