あき竹城さん75歳で死去…長い下積み経験と“ドクダミ個性派女優”を自称したユーモア
山形弁が印象的な女優でタレントのあき竹城さんが15日に亡くなったことが明らかになった。75歳。所属事務所によると、「約2年前に大腸がんを患い闘病しておりました。『元気なあき竹城でご挨拶したい』と本人の希望もあり公表せずに治療を続けて参りましたが今秋に病状が悪化してしまい、このようなご報告となってしまいました」という。
1947年、山形県米沢市出身。中学卒業後、ダンサーで10歳年上の姉を頼って、大阪へ。宝塚歌劇に入団したかったが、習い事にお金がかかるため断念した。大阪では手品師の内弟子になり、料理や掃除など師匠の身の回りの世話のほか、舞台のアシスタントを務めた。
1年後に上京して、74年に日劇ミュージックホールのヌードダンサーに。だが仕事で芽が出ないまま、地方のキャバレー回りが続く。下積みが長かった。芸人として認められたきっかけは27歳のころに日劇で東北弁のコントをしてから。東北弁丸出しの明るいコメディエンヌとしてテレビ出演するようになる。さらに「シャバダバシャバダバ~」のオープニング曲の「11PM」(日本テレビ系)でカバーガールのひとりに起用された。