「梅毒を武器に敵と戦った女性」を描いたモーパッサンの背景
モーパッサンが梅毒に感染した当時の人たちはその深刻さに気づいておらず、軽く考えていたようです。それは梅毒が症状が出ては消え、消えては出てくるを繰り返しながら重症化するため、その経過を知る人が少なかったからかもしれません。
実は梅毒の患者はどのように重症化し、亡くなるのか、医療関係者でも長い間わかっていませんでした。それを調べるために恐るべき実験が米国で行われたことがあります。それが「タスキギー梅毒人体実験」です。梅毒を治療せずに放置したらどうなるかを調べるため、1932年から40年間にわたり、米国アラバマ州のタスキギーという町の黒人600人を対象に、米国の政府機関によって行われました。
実験対象となった黒人は梅毒患者の399人と感染していない201人。参加者は梅毒に罹患していることは知らされず、「実験後に梅毒治療した場合は、実験開始時に交わした優遇措置が得られなくなる」と告げていたと言われています。その優遇措置とは、政府が実施する検査や医療を受ける登録をした者は、①無料で身体検査をしてもらえる②自宅から診療所への往復の交通費が無料③身体検査日には温かい食事が出される④簡単な病気の場合には無料で診療される⑤死亡時に解剖を受けた場合には遺族に埋葬代のほかに年金が支給される…などです。実験に参加したのは、すべて教育程度が低く経済的にも貧しい黒人でした。当時は人種差別が激しい時代でもありました。