柳沢先生!教えて!睡眠で知りたいこと全部聞いた(前編)「日本人は世界で一番睡眠不足」
──だとすると、仕事のストレスや、通勤のストレスから解放されれば、不眠症もなくなりますか?
そうでもなくて、実は不眠症の患者さんは何の制約がなくても眠れないと訴えてきます。むしろリタイア生活になると不眠症が急速に増えるんですよ。自分の時間が自由になった途端に不眠を訴える人が多い。
──なぜ、仕事をしていないのに眠れないのでしょうか?
働き世代の日本人は圧倒的に睡眠不足なんです。その人が必要としている睡眠時間を確保しない生活習慣が続いている。これは睡眠学の世界では病気です。睡眠が足りていないと自覚しているかはともかく、睡眠不足はさまざまな昼間の症状に出てくる。単純に昼間眠くなるのもそうです。それにもかかわらず、夜眠る時間を確保できないのは、広い意味での行動障害、依存症と言ってもいい。そうした睡眠負債をなんとかごまかして生きてきたのに、リタイアした途端に夜の時間が自由になる。そうすると急にこんなはずじゃなかったってことになるんですよ。それでなくても、年をとれば脳が必要としている絶対的な睡眠量は減ってきます。若い頃は朝までぐっすり眠れていたのに今は途中で起きてしまう、なかなか寝付けない。リタイアすると、睡眠欲求がたまっていないからますます寝付けない。そういうことが重なると、気にする人はどんどん不眠症になっていく。
──睡眠時間はあまり気にしなくていいのですか?
過度に気にする必要はありません。一番大事なことは自分にとって十分な睡眠時間を確保することで、日本人はそれができていない。自分にとってこれだけ眠れば十分という時間を見つけて、それを確保しさえすれば、それ以上気にする必要はないのです。
──他の国の人はもっと眠れていると聞きました。日本人だけが睡眠不足?
不眠症は世界中にあります。どこの国でも5人に1人は不眠症ですが、睡眠不足に関しては日本人はダントツです。たとえばヨーロッパ人は昼間眠いと体調が悪いと判断しますが、日本人は違う。昼間眠いのは当たり前のように感じている。寝る間も惜しんで働いているんだから、昼間眠いのはしょうがないと思っている。こうした考え方は日本固有です。
──よく眠った方が生産性が上がるのですか?
国民の平均睡眠時間とGDPの関連性を比べてみると経済的に豊かな国の方がむしろよく眠っています。寝る間を惜しんで働くのはナンセンス。日本と韓国だけが極端に睡眠不足なのですが、これは遺伝とかではなく、完全な社会問題だと思います。
──日本人は考え方を変えなければいけませんね。
1日24時間しかないじゃないですか。睡眠時間は住宅ローンみたいなものなんですよ。決まった給料の中でまず確保し、絶対に毎月返さないといけない。そんなふうに考えないといけないのです。私の場合は夜0時から朝7時までは睡眠以外のことはしないと決めておく。もちろん、守れない日もたくさんありますよ。でも、原則そうだと決めておくと、それ以外のことは朝7時から夜0時までの間にやらなければいけない。でも、日本人は一生懸命働き、付き合いや趣味にも時間をかける。通勤時間もある。で、余った時間に寝ましょうってことになる。これは破綻します。余ったお金で住宅ローンを返していたら、破綻するでしょ?(=後編につづく)
▽柳沢正史(やなぎさわ・まさし)筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構長。1960年5月生まれ。睡眠覚醒を制御する神経伝達物質オレキシンの発見者。米科学アカデミー正会員。紫綬褒章、朝日賞など受賞多数。