「睡眠薬」の現在…ベンゾジアゼピン系から新タイプへの切り替えが進んでいる
BZ系は依存や副作用が起こりやすい
しかし、近年になってBZ系には依存性があるうえ、さまざまな副作用が現れることがわかり、長期にわたる乱用が問題視されている。
「服用の翌日も眠気が持ち越され、倦怠感が続き、集中力や注意力が低下して物忘れが多くなったり、無気力になる場合があります。運動能力が低下したり筋力の弛緩が起こるので、交通事故や転倒・骨折のリスクも高くなります。また、BZ系を常用している人の中には、普段は抑制されている中枢神経系に脱抑制が生じ、急に攻撃的になったり、興奮したり、衝動的になるなどして、理性のタガが外れて突発的な自殺行動につながりやすくなるケースがあると報告されています。さらに、服用してから睡眠中の記憶がない状態で、起き出してクルマを運転していた、買い物に出かけていた、冷蔵庫の中の食品を食べていたなどの前向性健忘が見られるケースもよく耳にします。自分では防ぎようがないので、大きな事故につながる危険があるのです」
しかも、BZ系には身体的にも精神的にも強い依存性があり、同じ量を飲んでいても徐々に効果がなくなってくる耐性が生じて服薬量が増えていく人も少なくない。そのため、乱用による健康被害で救急搬送されるケースも増えているという。「全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患の実態調査」(2020年)によると、睡眠薬・抗不安薬が主たる薬物だった症例は480例で、乱用されていた睡眠薬・抗不安薬の順位は、1位がエチゾラム(デパスなど)158例(32.9%)、2位がフルニトラゼパム(サイレースなど)108例(22.5%)、3位がゾルピデム(マイスリーなど)100例(20.8%)、4位がトリアゾラム(ハルシオンなど)62例(12.9%)だった。いずれもBZ系だ。
「BZ系は、患者さんが効いてほしいタイミングでしっかり効果が出て、すぐに眠れる睡眠薬といえます。そのため、不眠に悩む患者さんが『○○を出してください』と銘柄を指定してくるケースがとても多い。しかし、患者さんが望む効果が出ることで『今日もきちんと眠るために飲まなければ』という気持ちになり、そこから依存が生じやすい。さらに、いざやめたいと思っても離脱症状が強く、さらなる不眠、イライラ、不安、焦燥感といった不快な症状が現れます。『やめたいけれど、どうしてもやめられない』と、泣きながら訴える患者さんもいるほどです。BZ系の睡眠薬は短期的な目標を達成するために使うにはよく効くいい薬なのですが、漫然と長期に使用するのは不利益が大きいのです」
もちろん、不眠のために翌日の仕事や運転ができないなど、生活に支障が出ている場合は、睡眠薬をきちんと使って眠ったほうがよいと判断されるケースはある。しかし、睡眠薬は生活習慣の改善などの睡眠衛生指導を行ったうえで、短期的に使うもので、「ちょっと眠れないから睡眠薬を出して」という人には本来は必要ない。しかし、経営的なメリットも考慮してすんなり処方する医師も多く、長らく主流だったBZ系の乱用につながってしまったという。
そうしたBZ系の依存性や副作用の問題を受け、厚労省は近年になって医療機関に対し用量と使用期間について注意喚起を行い、同一用量で1年以上継続して処方している場合に、処方料・処方箋料の減算規定を設けた。そうした状況から、現在の睡眠薬の主流になっているのが③メラトニン受容体作動薬と④オレキシン受容体拮抗薬だ。
■自然な睡眠を促すオレキシン受容体拮抗薬
「メラトニン受容体作動薬は、睡眠に深く関わっているホルモンであるメラトニンの受容体に作用し、体内時計を整えて『夜になると眠くなり、朝になれば目覚める』という自然に近い睡眠に誘導します。オレキシン受容体拮抗薬は現在一番使っている睡眠薬で、脳の覚醒を促す神経伝達物質であるオレキシンの受容体を阻害することで、脳を睡眠状態に促します。どちらもいまのところ依存性は少なく、集中力や運動能力の低下、興奮しやすくなるなどの副作用も報告されていません」
国の指針からも、今後、睡眠薬はBZ系からメラトニン受容体作動薬とオレキシン受容体拮抗薬に切り替わっていくのは間違いない。
「これまで長期にBZ系を使用してきた患者さんの中には、切り替えが難しいケースもありますが、新たに睡眠薬を処方する場合は、メラトニン受容体作動薬かオレキシン受容体拮抗薬が選択されるでしょう。新しい2つのタイプは、BZ系に比べると効き目が穏やかで、飲んですぐにガッと効いて眠れる感じではありません。ただ、それが自然に近い睡眠で、効きがいい薬が良い睡眠薬ということではないのです。当院では入院患者さんの同意をいただいたうえで、BZ系からオレキシン受容体拮抗薬に切り替えを進めていますが、しっかり眠れているという声が多く聞かれます」
不眠症治療のゴールは、薬なしで眠れるようになることだ。ただ、事例によってはどうしてもBZ系が必要な場合があるため、自己判断で増やしたりせず、医師の指示通りに服用する。また、作用の強さだけでBZ系を選んでいる場合はなるべく短期にとどめ、メラトニン受容体作動薬かオレキシン受容体拮抗薬に変更して、睡眠環境や生活習慣を見直したい。