橋本氏就任の組織委会長人事 五輪憲章違反でIOCが問題視も
東京五輪・パラリンピック組織委員会の新会長候補が、当初から政府と自民党が強く推していた橋本聖子五輪相(56)に一本化、選出されることとなった。さまざまな候補者が取りざたされたが、結局は最も政治色の強い人選で決着を見た格好だ。森喜朗前会長(83)による女性蔑視発言が問題になって以降、組織委をめぐる動きに強い懸念を示していたのが、JOC(日本オリンピック委員会)元参与の春日良一氏。春日氏は「五輪の緊急事態宣言です」と警鐘を鳴らす。
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■密室人事を政府が批判
誰もが想像しなかった事態が訪れた。森喜朗組織委員会会長の辞任である。東京五輪2020の顔が消えた。
同氏の女性蔑視発言は謝罪会見で幕が引かれるはずであったが、世界の批判が広がり、2月9日の国際オリンピック委員会(IOC)の声明が最後通告となった。同6日、日刊ゲンダイデジタルに特別寄稿し、「森氏がこのまま居座ることをオリンピックが許すとは思えない」とつづった私は留飲を下げた。
しかし、話はここで終わらなかった。その後、次期会長人事をめぐり、森氏が川淵三郎氏(組織委評議員)に後を任せたことが報道され、「密室での人事」と政府が批判する事態となった。Jリーグを起こし、バスケットボール界の混乱を収めBリーグにつなげた川淵氏の会長就任を、世間もいったんは認めたかに思えたが、あっさりと白紙に戻った。政府の批判が受け入れられ、組織委は候補者検討委員会を設けることになった。「透明性ある選考」を求めた政府をメディアも世論も受け入れた。都知事も「透明性」を求めた。
■典型的な五輪憲章違反
ここに見落とされていることがある。スポーツ団体の人事選考に政府が口を出した事実だ。菅義偉首相は当初、野党の訴えに「公益財団法人の人事には関与しない」としていたが、立憲民主党の野田佳彦衆議院議員の追及に、「しっかりと透明に、そしてルールに基づいて選考してほしいという趣旨は、私から強く申し上げました」と答え、関与を認めた。野党は森組織委会長の辞任についても首相に強く介入を求めていた。
オリンピック競技大会を運営する団体の人事に政治が介入する典型的なやり方である。
五輪憲章はスポーツ団体の政治的中立を主張し、スポーツの自律を重んじることから成立している。政治と政治の対立が争いを生じさせるからだ。スポーツが平和を構築できる理論的基礎である。
IOCがスポーツ運営に政府が介入することに対して過敏と思えるほどに反応するのは、そこに五輪の存在根拠があるからだ。
イタリアは東京五輪から除外される危機にさらされた
イタリアのオリンピック委員会(CONI)が東京五輪に選手団を派遣できない危機にあったことはあまり知られていない。
■IOCからの執拗な書簡
イタリア政府が新たに議会に提出した法案にスポーツの自律を妨げる危惧が生じ、IOCは2019年夏、CONIの運営への政府干渉について警告した。CONIの人事や財政を管理する組織が政府の直轄になったことを問題視し、各国オリンピック委員会(NOC)の独立性は五輪憲章の重要な要素であると強く訴えた。その後、IOCはイタリア政府に何度も書簡を送り、この問題解決を執拗に迫った。
当初は「長く輝かしいスポーツと民主主義の歴史を考慮しても、厳しい処分が下る可能性は低い」と高をくくっていたイタリア政府も東京五輪が迫る中、1月26日にCONIの独立性を保障する法案を国会に提出し、27日のIOC理事会に間に合わせた。
今回の東京五輪組織委会長人事に関してもIOCは重大な関心を寄せている。イタリアと同じくIOCから問題にされる可能性は否定できない。与党も野党も組織委員会の人事をとやかくいう前にオリンピック憲章を熟読してほしいものだ。東京五輪を主催する日本の政治家たちの五輪音痴狂騒曲が五輪開催の妨げになることを憂う。五輪緊急事態宣言を発したい。