春日良一
著者のコラム一覧
春日良一五輪アナリスト

長野県出身。上智大学哲学科卒。1978年に日本体育協会に入る。89年に新生JOCに移り、IOC渉外担当に。90年長野五輪招致委員会に出向、招致活動に関わる。95年にJOCを退職。スポーツコンサルティング会社を設立し、代表に。98年から五輪批評「スポーツ思考」(メルマガ)を主筆。https://genkina-atelier.com/sp/

橋本氏就任の組織委会長人事 五輪憲章違反でIOCが問題視も

公開日: 更新日:

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の新会長候補が、当初から政府と自民党が強く推していた橋本聖子五輪相(56)に一本化、選出されることとなった。さまざまな候補者が取りざたされたが、結局は最も政治色の強い人選で決着を見た格好だ。森喜朗前会長(83)による女性蔑視発言が問題になって以降、組織委をめぐる動きに強い懸念を示していたのが、JOC(日本オリンピック委員会)元参与の春日良一氏。春日氏は「五輪の緊急事態宣言です」と警鐘を鳴らす。

【写真】この記事の関連写真を見る(09枚)

  ◇  ◇  ◇

■密室人事を政府が批判

 誰もが想像しなかった事態が訪れた。森喜朗組織委員会会長の辞任である。東京五輪2020の顔が消えた。

 同氏の女性蔑視発言は謝罪会見で幕が引かれるはずであったが、世界の批判が広がり、2月9日の国際オリンピック委員会(IOC)の声明が最後通告となった。同6日、日刊ゲンダイデジタルに特別寄稿し、「森氏がこのまま居座ることをオリンピックが許すとは思えない」とつづった私は留飲を下げた。

 しかし、話はここで終わらなかった。その後、次期会長人事をめぐり、森氏が川淵三郎氏(組織委評議員)に後を任せたことが報道され、「密室での人事」と政府が批判する事態となった。Jリーグを起こし、バスケットボール界の混乱を収めBリーグにつなげた川淵氏の会長就任を、世間もいったんは認めたかに思えたが、あっさりと白紙に戻った。政府の批判が受け入れられ、組織委は候補者検討委員会を設けることになった。「透明性ある選考」を求めた政府をメディアも世論も受け入れた。都知事も「透明性」を求めた。

■典型的な五輪憲章違反

 ここに見落とされていることがある。スポーツ団体の人事選考に政府が口を出した事実だ。菅義偉首相は当初、野党の訴えに「公益財団法人の人事には関与しない」としていたが、立憲民主党の野田佳彦衆議院議員の追及に、「しっかりと透明に、そしてルールに基づいて選考してほしいという趣旨は、私から強く申し上げました」と答え、関与を認めた。野党は森組織委会長の辞任についても首相に強く介入を求めていた。

 オリンピック競技大会を運営する団体の人事に政治が介入する典型的なやり方である。

 五輪憲章はスポーツ団体の政治的中立を主張し、スポーツの自律を重んじることから成立している。政治と政治の対立が争いを生じさせるからだ。スポーツが平和を構築できる理論的基礎である。

 IOCがスポーツ運営に政府が介入することに対して過敏と思えるほどに反応するのは、そこに五輪の存在根拠があるからだ。

イタリアは東京五輪から除外される危機にさらされた

 イタリアのオリンピック委員会(CONI)が東京五輪に選手団を派遣できない危機にあったことはあまり知られていない。

■IOCからの執拗な書簡

 イタリア政府が新たに議会に提出した法案にスポーツの自律を妨げる危惧が生じ、IOCは2019年夏、CONIの運営への政府干渉について警告した。CONIの人事や財政を管理する組織が政府の直轄になったことを問題視し、各国オリンピック委員会(NOC)の独立性は五輪憲章の重要な要素であると強く訴えた。その後、IOCはイタリア政府に何度も書簡を送り、この問題解決を執拗に迫った。

 当初は「長く輝かしいスポーツと民主主義の歴史を考慮しても、厳しい処分が下る可能性は低い」と高をくくっていたイタリア政府も東京五輪が迫る中、1月26日にCONIの独立性を保障する法案を国会に提出し、27日のIOC理事会に間に合わせた。

 今回の東京五輪組織委会長人事に関してもIOCは重大な関心を寄せている。イタリアと同じくIOCから問題にされる可能性は否定できない。与党も野党も組織委員会の人事をとやかくいう前にオリンピック憲章を熟読してほしいものだ。東京五輪を主催する日本の政治家たちの五輪音痴狂騒曲が五輪開催の妨げになることを憂う。五輪緊急事態宣言を発したい。

■関連キーワード

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • その他のアクセスランキング

  1. 1
    男子バレー日本代表エース高橋藍の素顔 ネーションズリーグ無傷の8連勝を牽引

    男子バレー日本代表エース高橋藍の素顔 ネーションズリーグ無傷の8連勝を牽引

  2. 2
    立教大・上野裕一郎駅伝監督が電撃解任…女子部員との“禁断不倫”騒動で失う「名声」「仕事」「家庭」

    立教大・上野裕一郎駅伝監督が電撃解任…女子部員との“禁断不倫”騒動で失う「名声」「仕事」「家庭」

  3. 3
    男子バレー指揮官が絶対に避けたい“アテネの二の舞”…五輪直前に金候補と強化試合を組んだ意図

    男子バレー指揮官が絶対に避けたい“アテネの二の舞”…五輪直前に金候補と強化試合を組んだ意図

  4. 4
    女子レスリング53kg級「新・霊長類最強の女」藤波朱理は大舞台を制し“飲酒解禁”なるか

    女子レスリング53kg級「新・霊長類最強の女」藤波朱理は大舞台を制し“飲酒解禁”なるか

  5. 5
    出雲駅伝でドーピング違反が判明…大学駅伝界に忍び寄る禁止薬物の影に「箱根」が呑まれる日

    出雲駅伝でドーピング違反が判明…大学駅伝界に忍び寄る禁止薬物の影に「箱根」が呑まれる日

  1. 6
    羽生結弦に「妻を守り切れなかった男」のレッテル…“完全無欠のプリンス”を見る目にも変化が

    羽生結弦に「妻を守り切れなかった男」のレッテル…“完全無欠のプリンス”を見る目にも変化が

  2. 7
    “スーパー中学生”ドルーリー朱瑛里に海外流出を危惧する声…弁護士を通じ異例の要請

    “スーパー中学生”ドルーリー朱瑛里に海外流出を危惧する声…弁護士を通じ異例の要請

  3. 8
    女子レスリング68kg級 慶大ガール尾崎野乃香はパワータイプを相手に持ち味のスピードを生かせるか

    女子レスリング68kg級 慶大ガール尾崎野乃香はパワータイプを相手に持ち味のスピードを生かせるか

  4. 9
    女子レスリング50kg級 須崎優衣の連覇を脅かす「謎に包まれた北朝鮮選手」「背後に迫る中国選手」

    女子レスリング50kg級 須崎優衣の連覇を脅かす「謎に包まれた北朝鮮選手」「背後に迫る中国選手」

  5. 10
    新生ラグビー日本に「ファンタジスタ山沢拓也」という希望 大敗イングランド戦で大歓声浴びる

    新生ラグビー日本に「ファンタジスタ山沢拓也」という希望 大敗イングランド戦で大歓声浴びる

もっと見る

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    中日ポスト立浪は「侍J井端監督vs井上二軍監督」の一騎打ち…周囲の評価は五分五分か

    中日ポスト立浪は「侍J井端監督vs井上二軍監督」の一騎打ち…周囲の評価は五分五分か

  2. 2
    小池都知事が“アキバ降臨”も演説ドッチラケ…若者文化アピールに「うそつき!」とヤジ飛ぶ

    小池都知事が“アキバ降臨”も演説ドッチラケ…若者文化アピールに「うそつき!」とヤジ飛ぶ

  3. 3
    新関脇・大の里の「大関昇進の壁」を親方衆が懸念…看過できない“練習態度”の評判

    新関脇・大の里の「大関昇進の壁」を親方衆が懸念…看過できない“練習態度”の評判

  4. 4
    芸能事務所の社長には「三浦友和のNGみたいな子はいらないのよ」と言われた

    芸能事務所の社長には「三浦友和のNGみたいな子はいらないのよ」と言われた会員限定記事

  5. 5
    巨人・坂本勇人「一塁手で一軍復帰」に現実味…本人、チームともメリット盛りだくさん

    巨人・坂本勇人「一塁手で一軍復帰」に現実味…本人、チームともメリット盛りだくさん

  1. 6
    一門親方衆が口を揃える大の里の“問題” 「まずは稽古」「そのためにも稽古」「まだまだ足りない稽古」

    一門親方衆が口を揃える大の里の“問題” 「まずは稽古」「そのためにも稽古」「まだまだ足りない稽古」

  2. 7
    女優・沢田雅美さん「渡鬼」降板報道の真相で「本が一冊書けてしまうかな(笑)」

    女優・沢田雅美さん「渡鬼」降板報道の真相で「本が一冊書けてしまうかな(笑)」

  3. 8
    “もうひとつの首都決戦”都議補選「自民」は負け越し必至…「都ファ」は4候補が全員討ち死に危機

    “もうひとつの首都決戦”都議補選「自民」は負け越し必至…「都ファ」は4候補が全員討ち死に危機

  4. 9
    大谷への理不尽な「ボール球」ストライク判定は差別ゆえ…米国人の根底に“猛烈な敵愾心”

    大谷への理不尽な「ボール球」ストライク判定は差別ゆえ…米国人の根底に“猛烈な敵愾心”

  5. 10
    ヒデとロザンナ(6)8歳年上の東洋人にロザンナは「やばい、運命の人だわ」と直感し…

    ヒデとロザンナ(6)8歳年上の東洋人にロザンナは「やばい、運命の人だわ」と直感し…会員限定記事