作家生活25年の集大成となる記念作品を上梓 篠田節子氏に聞く
しかし、インドの政治や文化について詳細な取材を進めるうちに、ファンタジックな物語など、とうてい書けないという思いに行き当たったという。
「貧困や根深い男尊女卑、身分の違いによる人権侵害や宗教の対立など、インドという国には発展の陰にあらゆる問題が内包されていることを突きつけられました。こんな過酷な現実を知ってしまった以上、作家として“おとぎ話”を書くことはできないと思いました」
以降、現地取材はもとより、元総領事などインド関係者によって開催される勉強会などにも数年にわたって通い、インドという国の多面性を描き出す物語が完成した。
「インドに滞在経験のあるビジネスマンにもたくさん取材しました。皆さん口をそろえて“いや~、大変な目に遭った!”と言うんです(笑い)。主人公の藤岡とともに、インド社会で外国人が商売をして利益を得ることがいかに困難かを疑似体験してもらえれば、あの国の混沌がより鮮明に見えてくるはずです」
ロサの助けなどもあり、何とか水晶の取引にこぎつける藤岡だったが、やがて地元政治家や共産主義過激派などの思惑に妨害され、命の危険にもさらされる。さらに、水晶の採掘現場では、村人が次々と病に倒れるという謎の異変も起こる。資本と搾取という対立構造から生み出される恐ろしい現実もリアルに描かれていく。