青春がしみじみよみがえる読後感
〈寮には「インポ合戦」という奇習が存在した。自室の窓を開け放ち、向かい合う寮棟に対して、「北寮インポ!」「中寮インポ!」と、大声で叫びあう〉
どうですか、これ? 完全に、「東大生だから頭いい!」とは関係のない、ごく普通の若者の青春記に見えないか。これは旧制高校の寮生活を描いた「どくとるマンボウ青春記」(北杜夫)にも共通する、寮独自の妙な風習や、友情が表れている。
昨今、息子や孫の大学へ行ってみると、そこには薄汚れた建物などあまりなく、野良猫もいない。下駄をはいて半纏を羽織った薄汚れた学内寮生も、もはやめったに見られないだろう。立て看板でさえもなくなっている。エレベーターに冷房も完備され、コンビニやファストフード店まで存在する。
きれいではあるが、どこか整い過ぎている現在の大学はオッサン、爺さん世代にとっては隔世の感がある。本書は東大を舞台に描いてはいるものの、数十年前の学生のイキイキとした様子が生々しい証言や当時の報道などからよみがえり、懐かしさに浸れるのでは。その一方、終盤は消えゆく寮が公権力と闘う姿が描かれ、途端にハードボイルド調になるさまも良い。★★★
(選者・中川淳一郎)