最先端技術と倫理の問題にスリリングに迫る論考
「人間VS.テクノロジー」ウェンデル・ウォラック著、大槻敦子訳
著者は、エール大学生命倫理学術センターのセンター長であり、本書では最先端テクノロジーが人類に及ぼす社会的な影響について警鐘を鳴らしつつ、それが社会の利益になるように監視するにはどうしたらいいかを探っている。
SFのネタ帳かと見まがう事例が次々と出てくるが、これが現実の技術かと思うと、過去に培った哲学観や倫理観が通用しなくなる時代がやってきたのだと痛感する。
地球工学の分野では、ナノテクノロジーを応用して、傘のようなナノ粒子を大気圏にまく研究がされている。これにより温暖化が防止でき、気象状態を安定させるというのだが、このことで地球全体のバランスが変わり、周辺国で類を見ない気象変動が起きるかもしれない。局地的な気象を変えれば、ほかの場所でどんな変化が起きるか予測不能なのだ。どこかの国がこっそりやりそうで怖いではないか。
人間工学で作られた、ピンクの錠剤プロプラノロールは、人間の感情を操る。激戦を経た兵士や、強姦の被害者にこれを飲ませると、PTSDを抑えることができるという。
この薬はさらに人種差別感情をも抑制させるというのだ。しかし道徳は薬で強化すべきものか、強姦の被害者の悲痛を変えることが、倫理的に許されるのかと著者は問う。
人工知能搭載の、自律型殺人ロボットの開発も進んでいる。今までの無人戦闘機は、少なくとも人間が遠隔操作でターゲットを決めていた。だが、今にロボットがアイツとコイツを殺すぞと決めて、人類の命を取る日がやってくる。しかも人工知能は、作った人間にも、ロボットが、どう進歩を遂げるのか予測不能なのだ。もちろん、実験も不十分な不良品が投入される可能性は十分にある。
本書は、ハリウッド映画より、ずっとスリリングだ。何しろトム・クルーズではなく、我々の未来がかかっているのだ。現代人の必読書である。