ヒリヒリと感じられるむき出しの「生」
「外道クライマー」宮城公博著
著者は沢ヤである。沢ヤとは、沢登りに異常なこだわりをもった偏屈な社会不適合者とある。この本は日本一の直瀑・那智の滝を登るシーンから始まっている。なぜ御神体であるこの滝に登っているかといえば、「日本一の滝が未踏のまま残っていたから」なんだそうだ。
だが、当然のように、下にいる警官や神官からは「下りろ!」と拡声器でがなり立てられ、そして彼らは逮捕の憂き目にあう。
私がこれを読んだのは、連休のよく晴れた日のことだ。こっちは暗い部屋で真面目に仕事中なのである。しかし著者は、終始ハイテンションで、野蛮なギャグを入れてくる。
無謀な冒険魂の発露によって逮捕され、しかも、冒険へのこだわりを聞かされても、そこまで興味のない私は、「ごめん! ノリについていけない」と放り出したくなる。だが、そう思ったのも最初だけだ。
次の章はタイののどかな藪漕ぎから始まるのだが、章が進むにつれて、冒険はとんでもないことになっていく。彼と仲間たちは台湾最強の渓谷チャーカンシー、冬季登攀では前人未踏、落差日本一の称名滝の登攀に挑戦する。
〈大西がトップで登攀を開始した。すると、突如として谷に轟音が鳴り響いた。一瞬で視界が変容する。目の前にいた3人の仲間が消えた。足場にしていた大岩が崩れ、ボーエン、ジャスミン、佐藤の3名が谷底に落ちた〉
〈突如、見上げていた空が真っ白になった。雪崩だ。拳大から人間の頭ぐらいはありそうな雪の塊が、背中とヘルメットに当たり、衝撃が伝わる。「駄目だ、吹っ飛ぶ」〉
前人未踏の地がいかに難攻不落で、どれほど彼らが無謀で、そして、容易に人を寄せ付けない自然が、何と美しいかがわかってくる。
登場人物が死にもの狂いで生きようとしないノンフィクションなんて、面白くない。私たちは生身の人間の、むき出しの「生」をヒリヒリと感じたくてノンフィクションを読むのだ。
面白かった。もし自然がこの人を生かしておいてくれるなら、私は彼の冒険の続きが知りたい。(集英社インターナショナル 1600円+税)