「オオカミたちの本当の生活」ギュンダー・ブロッホ著 ジョン・E・マリオット写真 喜多直子訳 今泉忠明監修
長年、野生動物の行動観察を続けてきた著者が、カナディアン・ロッキーのバンフ国立公園に生息するオオカミ一家について記した貴重な記録。
1988年の休暇中、カナディアン・ロッキー最大のジャスパー国立公園で、シンリンオオカミの群れが狩りをする姿に遭遇して、オオカミに「陶酔」したという著者は、1992年、当局の依頼でバンフのボウ渓谷でオオカミの巣穴観察調査を始める。
無報酬で20年以上も調査を続けてきた著者夫妻は、2008年、観光客から1枚の写真を見せられる。そこにはパイプストーン渓谷で撮影したというオオカミが写っていた。半年後、ボウ渓谷を10年以上支配してきた一家とは別の家族が、突如、渓谷に現れた。一家の雌は、あの写真に写っていたフェイスと名付けたオオカミだった。
パイプストーン渓谷からやってきた一家は、1年かけてボウ渓谷で縄張りを確立し、その後、5年にわたって渓谷を支配。著者は彼らを「パイプストーン一家」と名付け、観察を続けた。
彼らがもともと暮らしていた奥地の小さな渓谷は人間の気配とは無縁だった。しかし、ボウ渓谷は交通量の多い何本もの道路や鉄道で分断され、夏は観光客が押し寄せる、決して野生動物に快適な環境とはいえない。
それまでの土地を捨てた一家が、急速にこの環境に適応できたのは、列車にはねられて死ぬ有蹄動物が多く、手っ取り早く食料を手に入れることができたからではないかと著者は言う。
当初、一家は7頭いたがすぐに3頭が行方知れずになった。半年にわたるマーキング(においづけ行動)の観察調査から、一家の繁殖ペアを特定。スピリットとフェイスと名付けられたペアに半年後、5頭の子オオカミが生まれるが、育ったのは3頭だけだった。
オオカミ社会を表現するとき、「アルファ」から「オメガ」までの序列が存在する厳格な縦社会と考えられ、これまでは「家族」よりも「パック(群れ)」という言葉が広く用いられてきた。
しかし、バンフで観察されるオオカミ家族のほとんどは、親子間組織支配によって社会秩序を保っていたそうだ。
パイプストーン一家もリーダーシップに厳格なルールがなく、「アルファ雄」であるスピリットが常に群れのリーダーとして振る舞っていたわけでもなく、どちらかというと、メスのフェイスの方がリーダーとして動くことが多かったという。
仲間が亡くなった現場に何日も通い、遠吠えを繰り返す兄弟オオカミや、捕らえたネズミを食べずに遊び相手にする子オオカミ、道端に落ちていた人間の下着を仲間同士で奪い合い、放り上げながら遊ぶ姿など。さまざまな表情や行動を見せるオオカミたちの写真を多数紹介しながら、これまでの定説を覆すような彼らの生態を解説。長らく誤解と迫害を受けてきた彼らの素顔に迫る。
(エクスナレッジ 2800円+税)