欧州危機・人種と階級の分断
「労働者階級の反乱」ブレイディみかこ著
シリア紛争の激化による難民急増で一気に欧州全体が右傾化と移民排斥の危機。つられてEU解体論まで現実化してしまった。
イギリス南部の労働者階級の町に英国人の夫と暮らし、地元で保育士をしながら社会観察をつづったブログで注目を浴びた著者。EU離脱の国民投票では初めて夫と意見が分かれたまま残留に投票したが、実は近所の人々はみな離脱派だったことを知って書き下ろしたのが本書だ。
著者が強調するのはEU離脱と米国のトランプ現象とは違うこと。ともに「貧しい労働者階級の反乱」といわれるが、トランプ現象は実は中流層に支持が多い。またイギリスの保守的な庶民はトランプをまるで評価しない。彼らはEU議会と英国議会を違う視点で見ており、国内政治でトランプのような反動的な素人を選ぶなどあり得ないという。移民排斥感情についても、イギリスの労働者階級は国民皆保険など福祉の充実を望んでおり、これも米国と違う。
しかし現状では福祉の質が悪化しており、そこへ移民が増えると追い打ちをかけると警戒しているという。周囲の友人知人への突っ込んだインタビューも収録され、読み応えある一冊になっている。
(光文社 820円+税)
「チャヴ 弱者を敵視する社会」オーウェン・ジョーンズ著、依田卓巳訳
「チャヴ」とは「白人労働者階級」を意味し、中流層が使うと明らかに蔑視と偏見が含まれるイギリスの俗語。本書はこのチャヴへのヘイト、つまり「下流憎悪」の実態を鋭く論じた世界的なベストセラーだ。
著者はこの憎悪や蔑視の始まりをサッチャー政権時代とする。そこから規制緩和を標語にしたネオリベラリズムの経済政策が打ち出され、公共サービスがことごとく民営化され、「自己責任」が福祉削減の口実になった。経済格差が急拡大したが、今度は労働党が同じ政策を引き継ぎ、「我々はみんな中流階級」をブレア政権が打ち出し、富裕層だけが豊かになる状況がさらに徹底された。著者自身もオックスフォード大を卒業した中流階級の出身だが、これに怒ったところから本書が生まれたのだ。
保守系メディアの論調を精査し、露骨な偏見を鋭く批判。リベラルなはずのBBCなど大マスコミの偽善にも手厳しい。 (海と月社 2400円+税)
「自由なフランスを取りもどす」マリーヌ・ルペン著、木村三浩編
フランスの極右政党の有名女性党首の著書。日本の代表的右翼団体の代表の口利きで邦訳刊行となったらしい。
興味深いのは今どきの右翼の論理が、国粋の誇りや自信ではなく弱さや不安に訴えていることがよくわかる点。ルペンは再三、EUのためにフランスが主権を奪われていると主張するが、それはフランスがEUの主導権を握る力がないことを裏書きする。要は自信がないから昔に戻ろうという一種の被害者意識だ。演説集のため具体的な政策に欠けるのが残念。
(花伝社 1200円+税)