「歴史家と少女殺人事件 レティシアの物語」イヴァン・ジャブロンカ著 真野倫平訳

公開日: 更新日:

 2011年1月、フランス南部のナント近郊に住む18歳のレティシア・ペレが誘拐・殺害され、数週間後、遺体はバラバラの状態で発見された。レティシアは幼い頃から家庭環境に恵まれず、双子の姉ジェシカと共に養護施設で育ち、その後、里親家庭に預けられていた。

 不遇な環境で育った若く美しい女性が無残に殺されたことで、マスコミは連日、過熱した報道を繰り広げた。また犯人が釈放されて1年未満の「性犯罪の多重累犯者」だったことから、当時のサルコジ大統領が司法による受刑者の追跡調査の不備を激しく批判し、それに反発した司法官たちが前代未聞の大規模ストライキを決行。さらには姉妹の里親が、姉ジェシカを含む複数の里子女性に性的暴行を働いていたとして逮捕されたことで、事件は一大スキャンダルに発展していく――。

 本書は、こうして誕生した「三面記事事件」(日本でいえばワイドショー事件だろうか)を、歴史研究の対象としてこの事件の意味を考察したものだ。事件を外から眺めるのではなく、ジェシカはじめ事件関係者から直接話を聞き、併せて、社会、家族、子供、女性の置かれた条件、大衆文化、さまざまな形の暴力、メディア、司法、政治、市民社会の空間などに目を向け、広い視野のもとで事件の深層に迫っていく。

 レティシア姉妹の父親は始終妻に暴力を振るい、すぐに離婚。その後、母は父を強姦罪で告訴し有罪となるも、母はうつ病に陥る。ようやく家庭らしい落ち着きを得たかと思ったら、里親が姉を性の対象にしていた。それを知ったレティシアはショックを受ける。絶望的な思いに駆られる一方で、自立して新しい生活に踏み出そうとした矢先に、犯人のメイヨンと出会う。

 メイヨンの母は実の父親に強姦され、父がアル中で暴力を振るっていたという。似たような環境に育った2人が不幸な遭遇をして、悲惨な事件が起きてしまうのだ。

 単なる時系列ではなく、過去と現在を往還しつつ複層的な視点から事件を描き、犯罪ノンフィクションとしても秀逸。 <狸>

(名古屋大学出版会 3600円+税)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    メッキ剥がれた石丸旋風…「女こども」発言に批判殺到!選挙中に実像を封印した大手メディアの罪

  2. 2

    一門親方衆が口を揃える大の里の“問題” 「まずは稽古」「そのためにも稽古」「まだまだ足りない稽古」

  3. 3

    都知事選敗北の蓮舫氏が苦しい胸中を吐露 「水に落ちた犬は打て」とばかり叩くテレビ報道の醜悪

  4. 4

    東国原英夫氏は大絶賛から手のひら返し…石丸伸二氏"バッシング"を安芸高田市長時代からの支持者はどう見る?

  5. 5

    都知事選落選の蓮舫氏を「集団いじめ」…TVメディアの執拗なバッシングはいつまで続く

  1. 6

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  2. 7

    都知事選2位の石丸伸二氏に熱狂する若者たちの姿。学ばないなあ、我々は…

  3. 8

    ソフトバンク「格差トレード」断行の真意 高卒ドラ3を放出、29歳育成選手を獲ったワケ

  4. 9

    “卓球の女王”石川佳純をどう育てたのか…父親の公久さん「怒ったことは一度もありません」

  5. 10

    松本若菜「西園寺さん」既視感満載でも好評なワケ “フジ月9”目黒蓮と松村北斗《旧ジャニがパパ役》対決の行方