「閉鎖病棟」帚木蓬生著

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 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い「ネガティブ・ケイパビリティー」という考え方が注目されている。もとは19世紀の英国の詩人、キーツの言葉だが、これを「すぐには答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」として、現代社会における有効な力になると提唱したのが精神科医でもある著者だ。この考えは「治った、治っていない」の境界が曖昧な精神科の患者にも当てはまる。本書は精神科の患者たちの複雑な思いを内側から描いたもの。

【あらすじ】ある地方の精神科の病棟にはさまざまな過去を持つ患者たちが暮らしていた。てんかんのもうろう状態で母親を含めて4人を殺害、死刑を執行されたものの息を吹き返して社会に復帰した秀丸さん。ろうあで義兄との折り合いが悪く納屋を放火した昭八ちゃん。自分の考えを新聞が盗用していると思い込み抗議を続けるチュウさん等々。みんな長期患者で気心が知れている。

 そんな彼らにとって、病院内の陶芸教室に来ている女子中学生の島崎さんはマドンナで、彼女に会えるのを楽しみに平穏な生活を送っていた。そんな日常を破ったのは、元ヤクザでしょっちゅうトラブルを起こしていた重宗だ。

 ある日、島崎さんが重宗に襲われているのを見たチュウさんは言い知れぬ憤りに駆られ、重宗に復讐をしてやろうと決意する……。

【読みどころ】患者一人ひとりの過去と病棟内での暮らしぶりがていねいに描かれ、患者たちが抱えている不安や将来の展望などが知ることができる。

 それだけに、「病院に入れられたとたん、患者という別次元の人間になってしまう。そこではもう以前の職業も人柄も好みも一切合財問われない」という悲痛な叫びは、強く胸に突き刺さってくる。 <石>

(新潮社 710円+税)

【連載】文庫で読む 医療小説

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