天然無類の叔父が醸し出す静かな躍動感が魅力

公開日: 更新日:

「わたしの叔父さん」

 こんな世の中だからせめて静かな映画を見たい。「鬼滅の刃」も結構だが、人の世の不条理から静かに目を反らさない物語に触れたい。

 今月末封切りの「わたしの叔父さん」はそんな映画だ。

 デンマーク南部の農場で、脚の不自由な叔父さんとふたりで暮らすクリス。昨日も今日も明日も代わり映えしないふたりの生活が、ひそかな視線の描写で静かに巧みに描かれる。毎朝5時半に起きて牛たちの世話をする彼女は、食事のときも農作業でも食後のひとときも、叔父さんと目を見交わさない。それどころか言葉ひとつ交わさない。仲が悪いわけではなく、そうやって淡々と過ぎる暮らしを、叔父さんが倒れて以来、ずっと続けててきたのだ。

 そんな話なのに、なぜか不思議にユーモラスなのはやぼったくてもっさりとした叔父さんの存在感ゆえだろう。実はこの男性(ペーダ・ハンセン・テューセン)はずぶの素人で、主演女優イェデ・スナゴーの実の叔父さんなんだそうだ。なんでそんなシロウトさんが?――という話は長くなるので省略。ともあれ若者たちのデートを平然と邪魔する天然無類の叔父さんのおかげで映画は動き出し、人々は目を見交わすようになる。その静かな躍動感こそがこの映画の魅力だろう。

 写真家・鬼海弘雄は浅草寺の境内で出会ったふつうの人々を真正面から撮影した「王たちの肖像」などで知られた。その肖像はいつも写真家に正対し、見る者とも正面から目を見交わす。依頼された肖像撮影でも、写真家は被写体がひるむほど剛直に迫るのが常だったという。

靴底の減りかた」(筑摩書房 2000円+税)はこの剛毅な写真家が残したとぼけたエッセー集のひとつ。観察眼の鋭さもたくまざるユーモアもこの人ならではだったが、昨年10月、リンパ腫で亡くなった。ご冥福を祈りたい。 <生井英考>

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    僕の理想の指導者は岡田彰布さん…「野村監督になんと言われようと絶対に一軍に上げたる!」

  2. 2

    小泉進次郎氏「コメ大臣」就任で露呈…妻・滝川クリステルの致命的な“同性ウケ”の悪さ

  3. 3

    綱とり大の里の変貌ぶりに周囲もビックリ!歴代最速、所要13場所での横綱昇進が見えてきた

  4. 4

    永野芽郁は映画「かくかくしかじか」に続きNHK大河「豊臣兄弟!」に強行出演へ

  5. 5

    永野芽郁“”化けの皮”が剝がれたともっぱらも「業界での評価は下がっていない」とされる理由

  1. 6

    元横綱白鵬「相撲協会退職報道」で露呈したスカスカの人望…現状は《同じ一門からもかばう声なし》

  2. 7

    関西の無名大学が快進撃! 10年で「定員390人→1400人超」と規模拡大のワケ

  3. 8

    相撲は横綱だけにあらず…次期大関はアラサー三役陣「霧・栄・若」か、若手有望株「青・桜」か?

  4. 9

    「進次郎構文」コメ担当大臣就任で早くも炸裂…農水省職員「君は改革派? 保守派?」と聞かれ困惑

  5. 10

    “虫の王国”夢洲の生態系を大阪万博が破壊した…蚊に似たユスリカ大量発生の理由