独身介護士よしこの前にホームレスの男が…
「鈴木さん」
コロナ禍に突入してはや2年。いまも終息の兆しなく、変異株の拡大は爆発的なのに「重症化のリスクは減少」の楽観論だけで規制は半端に緩和される。どうみても社会全体が“緩慢な死”に追いやられているのではないのか。
こういう時代を知的に批判する手が風刺だが、シャレのわからん現代では風刺を理解させるのも難しい。その困難にあえて挑んだのが先週末から公開中の「鈴木さん」だ。
東京都心以外ならどこにもありそうな、さびれかけた田舎の小都市。そこは少子高齢化を防ぐ独自の市政で全国的に評価が高いらしい。未婚の中年や子のない独身者は非国民。そう言い切る市長の下で全市民が「カミサマ」を崇める。
肩身の狭いのが45歳目前の独身介護士よしこ。仏頂面で背中を丸めて老婆たちと施設で暮らす彼女の前に「スズキ」と名乗るホームレスの男が転がり込んで……という設定はほとんど紋切り型のコメディー。演出と役者しだいで良くも悪くもなる仕掛けだ。
そこで力を発揮するのがよしこ役のいとうあさこ。いわゆる“負け犬自虐系”のジョークが得意な彼女だが、上滑りにならず、息苦しさとあきらめのはざまでもがく心中が過不足なく伝わる。佐々木想監督によれば「テレビで拝見して筋の通った方と感じ」たのが起用の理由だそうだが、なるほど彼女あっての作品に仕上がって、自然にシリアスなドラマに達してゆく。
田舎の寒村を舞台にした奇想天外のユートピアないしディストピア小説といえば井上ひさし著「吉里吉里人(上・中・下)」(新潮社 上・935円、中・869円、下・924円)が先駆けだろう。元は東京五輪のさなかにNHKラジオドラマとして企画したが、上司の不興を買ってオクラになった話が原型という。うまく翻案すれば、本作を上回る大いなる風刺になるのではと、思わず夢想する。 <生井英考>