「土地は誰のものか」五十嵐敬喜氏
荒れ放題になった庭、朽ちかけた建物。空き家問題が身につまされる読者も多いのではないだろうか。なんと、日本中に空き家は849万戸もあり(2018年、国土交通省)、住宅総数の13.6%に到達。まもなく1000万戸を超えると予想されている。
しかも、中小都市では最後の登記から70年以上経過している土地が12%にのぼる。誰の所有か分からなくなっている「不明土地」の合計が九州全土の広さを超えたという。
「人々はなぜ土地建物への自己責任を放棄するのか。秋田県出身の寺田学議員が国会で『都会に出てきた人は皆忙しい。故郷に帰って古い土地建物を維持管理などする気もなく、時間も費用も愛着もない。放置しても何の問題もない』と述べ、妙に説得力がありました。もはや異常事態です。複雑な土地の権利関係を明らかにするのが困難なため、空き家を放置というケースも少なくありません」
空き地・空き家問題の解決、ひいては広く土地の所有・利用問題の解決にはどんな方法があるのか。2014年に一定の条件下に取り壊しを行政が代執行できる「空き家対策法」、18年には不明土地を利用できる「不明土地法」が制定、土地全体にかかわる土地基本法も20年に改正されたが、一筋縄ではいかない。
■土地を地域で共有する「現代総有」のすすめ
そこで、都市政策学者で法律家の著者が提唱するのが、土地を人々が共同利用する「現代総有」という考え方だ。
土地の共同利用というと「入会地」が頭に浮かぶが、現代総有は昔から割り当てられたものではない。
「東日本大震災のときも被災地には津波によって隣家との境界線が不明になり、放置するしかなかったんです。政府が震災後直ちに設置した復興構想会議に出席した私は、『土地利用権には個々人のものとして手をつけず、定期借地権を強制的に設定し、その土地を地域住民が共同して利用する』という方法を提案しました。しかし、『絶対的土地所有権』を超えられず、採用されませんでした。もし採用されていたら、コンビニや公民館、保育園、老人ホームなど公的施設と、農業や漁業が一体となった魅力的な復興ができたのではないでしょうか。みんなで一緒になって町をつくるのが現代総有です」
現代総有は、個人と個人の結びつきや相互助け合いといった新たな社会像を形として構築とも一緒になるものであり、組合、地域産業、非営利事業などがキーワードとなる。重要なのは、土地を計画的に共同利用することによって、人々の生活をより「豊か」かつ「幸福」にできること。「自治」「コミュニティー」も必要になる。
「お手本になるのが、江戸時代の江戸の町の長屋なんです。長屋は路地で囲まれた独立空間。庭に共同で使う井戸、便所、ゴミ捨て場などがあり、所有者が『家守』と呼ばれる人に管理を委ねていました。家守は家賃を集めるばかりか、全戸で子供の誕生、縁組、葬祭などを共有し、清掃、ゴミ出しなどを全員で行うよう采配し、防犯、防火、揉め事の調整まで担ったのです。長屋では、個別土地所有にこだわらず、さまざまな資源をみんなで活用した。土地所有権の最も成熟した形だったと思います」
本書は他にも、土地所有を軸とした日本の歴史、バブル時の変貌、世界の美しい都市、岸田内閣の掲げる「デジタル田園都市国家構想」などについても言及。読むと、目からウロコが落ち、空き地・空き家問題の解決に向けたヒントに満ちた提言の書だ。
(岩波書店 990円)
▽いがらし・たかよし 1944年、山形県生まれ。法政大学名誉教授、都市政策学者、立法学者、弁護士、元内閣官房参与。日本において「日照権」という権利を生み出したことで知られる。「現代総有論」「『国土強靭化』批判」「震災復興10年の総点検」(共著)など著書多数。