「かくして彼女は宴で語る」宮内悠介氏

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 明治末期に実在した、若き芸術家たちのサロン「パン(牧神)の会」。北原白秋や石川啄木ら誰もが知るメンバーも参加しており、隅田川をパリのセーヌ川に見立て、河畔の西洋料理屋「第一やまと」に集い芸術を語り合っていた。本作は、この「パンの会」を舞台にした、全6編からなるミステリーである。

「いつかこの実在のサロンを主役にした物語を書きたいと思ってきました。あるとき、アイザック・アシモフの推理小説『黒後家蜘蛛の会』を精読する機会があったんです。この作品では毎回宴が催され、謎が持ち込まれ、メンバーが議論を繰り広げるものの最後には意外な人物が謎を解く、という形式が取られています。そこからもう一直線に、『パンの会』と『黒後家蜘蛛の会』をくっつけよう! という案が浮かび、執筆に至りました」

「第一やまと」に集合して芸術談議に花を咲かせるうちに、いつしか誰かが見聞きした謎が披露されていく。東京・文京区の団子坂で菊人形が日本刀で刺された事件、浅草の高層建築物で起きた墜落事件、そして華族の屋敷で起きた猟奇殺人事件……。若き芸術家たちとともに、女中のあやのも加わり、推理合戦を繰り広げていく。その会話のやりとりが何とも軽快で心地いい。

「白秋ならこういうことを言いそう、啄木ならこう切り込むかな、などと想像しながら書くのが自分でも面白かったですね。ただし、実在した人物を描くわけですから、多くの人が持っているイメージを壊さないように、とはいえ類型的にはしたくないので私なりにさまざまな文献を調べて立体化を試みました」

 本作はアシモフにならい、各編に「覚え書き」が記されている。登場人物が残した当時の日記を参考にして物語の中で行動に反映させるなど、緻密な下取材が生かされている様子も分かる。さらにミステリー要素もさることながら、「パンの会」でメンバーたちが謎解きをしながらつつく料理の描写も楽しい。

「私自身、本格的に料理描写を盛り込んだのは本作が初めてです。登場するメニューの中には、こういうメニューも作ることができたかもしれないという、洋食の“if”も取り入れました。とはいえ、まったくの創作で終わらないよう、当時その食材が手に入ったかどうかは徹底的に調べました」

■私の“推し”である木下杢太郎を知ってほしい

 ところで、本作の主人公は誰もが知る白秋でも啄木でもない。

 詩人であり劇作家であり医学者でもあった木下杢太郎だ。他の面々に比べると知名度はあまり高くないかもしれない。そのような人物を主人公としたのは、ズバリ著者にとって“推し”だからだという。

「『パンの会』の主催人物ということもありますが、型破りな人物も多かった当時の芸術家の中でも、杢太郎は実に真面目で誠実で、のちに医師となってからも世のために力を尽くしていて、個人的に非常に尊敬しているんです。だから、本作を通して杢太郎を好きになってもらいたい。“私の推しを世の中に広めたい!”というモチベーションも執筆の原動力となりましたね」

 時節柄、気軽に飲みに出掛けることは難しい日々が続いている。明治末期の一時、料理屋で舌鼓を打ち、芸術談議や時にはバカ話を繰り広げたであろう若き芸術家たちの姿を描いた本作は、今いっそう楽しめるのではないだろうか。

「『パンの会』は本作に描いた時代以降も続きました。つまり、まだ続きが書けるということ。今と同じくらい未来が見えにくかった時代に、彼らがどう生きたのか、もう少し書き続けたいですね」

(幻冬舎 1870円)

▽みやうち・ゆうすけ 1979年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。在学中はワセダミステリクラブに所属。2012年の単行本デビュー作「盤上の夜」が直木賞候補となり日本SF大賞を受賞。17年「彼女がエスパーだったころ」で吉川英治文学新人賞、「カブールの園」で三島由紀夫賞受賞。「偶然の聖地」「黄色い夜」「超動く家にて」など著書多数。

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