「さよなら、野口健」小林元喜著

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 野口健は25歳のときエベレスト登頂を果たし、7大陸最高峰世界最年少登頂の記録を打ち立てた。

 その後、エベレストや富士山への清掃登山を続け、環境活動に取り組むカリスマ登山家として知られるようになった。

 野口は1973年、日本人の父とエジプト人の母の間に生まれた。外交官だった父の赴任先を転々とし、小学6年生のとき、イギリスの寄宿学校に入学する。しかし勉強は不得意で、規則だらけの寮生活にもなじめなかった。そうした時期に、冒険家・植村直己の存在を知る。これだ! 自分を認めてもらいたい野口は、学友たちにモンブラン登頂を宣言。反対する周りの大人を説き伏せて、高校2年の夏に夢を実現してしまう。

 とにかく「やる」と宣言し、自分を追い込み、スポンサーを説得、実現にこぎ着ける。その後の野口の流儀は、この頃から片鱗が見えていた。純粋で嘘がつけない。放っておけないと思わせる魅力がある。野口には人を巻き込む力があった。山の専門家から「アルピニストとしては三・五流」と評されたが、野口は独自の道を切り開いていった。

 20代半ばだった著者は縁あって野口と知り合い、彼にのめり込んでいく。毎晩のように飲み、語り明かした。著者は小説家を目指していたが、野口健事務所に入り、長くマネジャーを務めることになった。

 蜜月もあれば氷河期もあった。18年間で事務所を3回辞めている。その間、家計崩壊、離婚の危機、精神科への入院と、著者の人生は変転した。複雑な事情に触れる紙数はないが、野口から離れても、磁石に引き寄せられる砂鉄のように性懲りもなく彼のもとに戻ってしまう。

 あるとき野口は、「本当は何をしたいのか?」と著者に問うた。その答えとして、この評伝が生まれた。野口に対する決別の書は、著者自身の旅立ちの書でもある。一番喜んでいるのは野口健なのかもしれない。

(集英社インターナショナル 2090円)

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