「母、アンナ」ヴェーラ・ポリトコフスカヤ、サーラ・ジュディチェ著、関口英子、森敦子訳
「母、アンナ」ヴェーラ・ポリトコフスカヤ、サーラ・ジュディチェ著、関口英子、森敦子訳
モスクワの街頭で、エルサレムの街頭で、反戦の声をあげる人がいる。その動画を見るたびにわたしは震え上がる。警官が容赦なく襲いかかり、根こそぎ連行していく。日本もかつて戦争加害国だった。もし自分だったら反戦の声をあげ続けることができるだろうか。がんばりたい。でも……たぶん無理……。
本書の主人公は、チェチェン紛争を徹底的に取材しプーチンの不正を暴いたアンナ・ポリトコフスカヤ。2006年10月7日、自宅アパートのエレベーター内で銃殺された。スーパーで食材を買い込んで帰宅したところだった。現場にはパックに入った鶏むね肉が落ちていた。この本を書いたのは、その鶏肉を一緒に食べるはずだった娘のヴェーラだ。
闘うジャーナリストだった母親の素顔が娘の視点で描かれる。家族のためにジャムやボルシチを作りながら、独裁政権の批判記事を書き続けたアンナ。それが命の危険と直結することを承知していた。見守るしかなかった家族もつらい。
そしてこれはアンナの死から16年後、ロシアのウクライナ侵攻に遭遇したヴェーラ自身の物語でもある。中でも反戦の声をあげる市民たちのエピソードが興味深かった。ロシアでは街頭で「戦争反対」のプラカードを出すだけで逮捕される。8つの「*」を書いたカードを持った人も(ロシア語で「戦争反対」をつづると8文字になる)、白紙を掲げた人も、ついにはプラカードを持つ身ぶりをしただけの人まで逮捕されるのだ。
わたしはビビりながら思う。せめて勇敢な人がいた/いることを忘れずにいたい。 (NHK出版 2090円)