「サザエさん 旅あるき 海外編」長谷川町子美術館編
「サザエさん 旅あるき 海外編」長谷川町子美術館編
父はパスポートを持つことなく生涯を終えた。「海外なんて危ないし汚い」と、行ったこともないくせに悪口を言った。隙あらば海外をほっつき歩きたいわたしに対しても否定的なことばかり言ってたなぁ。話がかみ合わない父娘だった。
しかし父の母親、わたしの祖母である大正生まれの静子さんは何度も海外旅行をしていた。歩け歩け運動に傾倒し、お仲間と一緒にオランダだのスイスだのアメリカだの、よく出かけていたっけ。祖母の家には海外で買ってきた人形が並んでおり、子どもだったわたしはその棚がなんとなく怖かった。
さて今回紹介するのは、漫画「サザエさん」の作者・長谷川町子の旅の記録集。町子さんは海外旅行をしまくった人だ。1964年の海外渡航自由化の直後から、北米、中東、オセアニア、北アフリカ……。ヨーロッパなんて5回も周遊している。
本書に収録されているのは旅先でのスケッチ、新聞に掲載された漫画やエッセー。のみならず歴代のパスポート、愛用のスーツケースやカメラ、旅先から友人に出した手紙、各地で買ってきたお土産の写真……さすが「長谷川町子美術館編」ならではの充実ぶりである。旅を追体験するのも楽しいが、60~70年代の海外旅行を伝える資料としても興味深い。
年表を見て気がついた。町子さんは長期の海外旅行に出かけるたびに、「サザエさん」の新聞連載を1カ月以上休載しているのだ。思い切りのよさがすごい。人気作家ゆえ許されたわがままなのか。それともメールも携帯電話もない時代、旅先まで追いかけてくる無粋な仕事はなかったのかなぁ。
(朝日新聞出版 2970円)