森繁久彌が“同じ心で歌っている”と激賞した「知床旅情」
加藤登紀子が「知床旅情」という歌を初めて聴いたのは、後に夫となる藤本敏夫と最初に会った1968年3月のある日だった。
<初デイトだったその日、相当酔っ払ってもいたが、私の住んでいるマンションの屋上で夜空を見ながら、彼が朗々とこの歌を歌ったのだった。私は、ちょっと打ちのめされた! 歌手なのに、私はこんな風に気持ちよく人に歌を聞かせたことがない。>(自伝「運命の歌のジグソーパズル」から)
レコードデビューをしている歌手の前で朗々と歌う学生運動のリーダーと、その歌に素直に打ちのめされる歌手――脚色はあるのかもしれないが、日本音楽史の名場面のひとつだ。加藤にとって、一目惚れならぬ「一耳惚れ」だったのかもしれない。加藤登紀子は藤本の歌に感じた「何か」を求めて自らの音楽を模索するのだ。