矢沢透さんが語る「アリス」結成前夜…亡き谷村新司と語り明かした2人の1カ月
ハワイで「堀内と3人で一緒にやらないか」と誘われた
メキシコからロサンゼルス、ハワイと渡り、ハワイに行った時はなぜかみんないなくなって、谷村と2人きりになっていました。ハワイの海岸で日なたぼっこしながら、ずっと谷村と一緒に過ごしてホテルに戻って何げない話をしていたら、「実は今度、東芝からデビューすることになって」というわけです。
僕は谷村がロック・キャンディーズでアコースティックギターをジャガジャガやっているのを見ていて「いいな」とは思っていなかった。ただその時に谷村がギターでやってくれたアルペジオがすごくよかった。キレイだなと思いました。
アリスに誘われたのはその時です。まだ、堀内のことは知らなかったけど「堀内もいるから3人で一緒にやらないか」と言われた。「でも、アコースティック2本にドラムの組み合わせはおかしいから、それならパーカッションかな」という話になりました。僕としては上半身だけでパーカッションをやって鍛えるのもいいかな、勉強にはなるかなと思いました。ただし、それも腰掛け程度の軽い気持ちだったんですけどね(笑)。
日本に帰ってから、ポート・ジュビリーという神戸のフォークサークルのライブを見に行きました。アマチュアロックバンドでボーカルをやっていた堀内をそこで紹介されるんです。アリスの結成は71年12月。僕は翌年5月に参加しました。
谷村は向こうで僕と一緒にいた時はよくしゃべり、笑い、冗談を言う人でした。ところが、元々冗談なんか言う人じゃなかったんです。音楽が大好きでライト、ソフトな人で、アリスを結成した途端にくだけた感じがなくなりました。リーダーの責任感をヒシヒシと感じていたということかもしれません。実際、アリスになってからずっとハワイでワイワイしゃべってたようなことがまったくなくなりました。
1回目のアリスのリサイタルの時は僕と堀内が歌い、谷村は歌も歌ってMC、セリフがありました。その内容がものすごく真面目で、音楽についてのビジョンもしっかりしていた。それが1stアルバムに入っていて最近になってたまたま聴いたら、谷村は50年後も同じことを言っていることに気がつきました。最初からそのまんま、ブレていない。本当に真面目な人なんだと改めて思いました。
■ビニ本やエロい話は照れ隠しだったと思う
でも、彼はそうは見られたくなかった。僕が思うに、よくビニ本が好きと言ったり、エロい話をするのは、そういう真面目な性質を人に知られたくなかったからじゃないかと思うんです。照れ隠しです。実はそのことはずっと前から感づいていたことだけど。
アリスの初期、お客さんが入らなかったのは有名な話です。それでも年間303ステージやっていた。303ステージといっても商店街でやったり、トラックの上とか焼き鳥屋の横とか、そういうのも全部含めてのことですけど。今でも一番記憶に残っているのは北海道でやったライブ。その日は台風がきちゃって、2000人くらい入る大きな会場に観客はたった30人。雷も落ちて停電になり、どうしようもない。仕方がないから懐中電灯とかロウソクでステージを照らし、音が聴こえないから、観客もステージに上がろうということになって。ステージに上がっても、大きな会場のステージだからガラガラで。電気が来ていないからアコースティックギターは聴こえなくて僕のコンガの音だけが響いているような状況でした。
でも、不思議なんですよね。谷村も僕も堀内も驚くとか慌てるということが一切ない。弱っちゃったなとか、参ったなという感じ。いいコンビだったと思います。
■3月に倒れてから会えなかったことが悔しい
亡くなってもうすぐ2カ月になります。今はだいぶ、落ち着いたけど、やっぱり喪失感は言いようがないですね。
谷村は去年の11月17日のアリスの東京・有明公演の前から股関節を悪くしたみたいで、急に元気がなくなっているように感じました。その時もリハーサルから「おはよう」とか「うん」というくらいであまりしゃべらなかった。
最後に会ったのは3月17日、赤坂でした。ラジオの「ヤングタウン」の収録でした。
声がかれて弱々しいし、髪もいつもの感じじゃなくてニット帽をかぶって、服装もいつもと違っていた。僕もベーヤン(堀内)も「大丈夫?」と声をかけたんですけど。それから3日後に倒れたということがわかって……。
亡くなる10月8日まで何も知らなくて、その空白の期間が長い。今でもいなくなったという気がしないんです。谷村はどこかに行ってるだけじゃないか……。
生きていればこれからもっといい曲を書くこともできただろうし、一緒にやれることもいっぱいあった……。倒れてから会うことができなかったのが悔しい。今でも本当に悔しいです。
アリスは残された堀内と僕で何らかの形でやっていくことを模索しています。これからも応援してください。
(聞き手=峯田淳/日刊ゲンダイ)