末期がん患者の“駆け込み寺”で症状が改善するのはなぜか
かつては「死ぬ病気」だったがんだが、いまや「治る病気」「死なない病気」になりつつある。年齢別の死亡率で見ると、50代以下はこの20年間で半分以下に、60代以上でも大幅に下がっている。それは決定的な治療法が生まれたからではない。がんの標準治療(手術、抗がん剤、放射線、免疫療法)の成績を高めるために、あらゆる医療技術を総動員して少しずつがんを追い詰めてきた結果だ。その意味で、全国のがん治療専門医の注目を集めているのが福岡県の戸畑共立病院だ。同院副院長でがん治療センター長の今田肇医師に聞いた。
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戸畑共立病院は厚労省が全国325カ所で指定する「地域がん診療連携拠点病院」のひとつ。最新鋭の医療機器を揃え、がん治療にたけた医師、看護師、薬剤師、臨床工学技士、放射線技師などによるチーム医療を行っているが、他ではあまり見られない特長がある。がん患者の多くが、「ハイパーサーミア(温熱)療法」を希望し、受けることだ。
「当院のがん患者さんは、治癒の難しい手術不能・再発・転移がんの方が多く、他院からの紹介が少なくありません。そのため、治療は手術よりも放射線や抗がん剤、免疫チェックポイント阻害剤が中心です。その効果を上げるために適応のないがん患者さんを除いて年間2000以上の治療を行っています。1年の間には、魔法がかかったように劇的に症状が改善する患者さんが数人おられますが、それはハイパーサーミアを併用した集学的治療のおかげかな、と思っています」
肺と肝臓に転移が見られる70代の乳がんの患者は、本来3週間続けて投与する抗がん剤が副作用のため3週間に1度、量も半分しか投与できなくなった。しかし、ハイパーサーミアを併用して抗がん剤の増感作用などを上げることで、抗がん剤治療をその効果を維持した状態で数年間続けている。両頚部に巨大なリンパ節転移があり、水分摂取も不可能な下咽頭がんの患者は、放射線、抗がん剤、ハイパーサーミア、高気圧酸素治療などを行い、誤嚥性肺炎の治療を挟みながら、オプジーボを使ったところ腫瘍が消失したという。
ハイパーサーミア併用のメリット
ハイパーサーミア療法とは、がんの塊が42・5度以上の熱に弱いという性質を利用してがんを治療する方法のこと。体外から、がん細胞が潜む部位にラジオで使われる周波数帯の電波を流してがんの塊を加温し、死滅させる。1990年には放射線と併用することを条件に「サーモトロン―RF8」を用いたハイパーサーミアが保険適用になった。現在は抗がん剤との併用及び温熱単独治療でも保険適用となっている。最新の「サーモトロン―RF8 GR Edition」はコンピューターによる自動制御などで、胃や肺、肝臓など体の奥にあるがんへも安定的に加温でき、効果も向上しているという。
「ハイパーサーミアの利点は、がん細胞だけを選択的に攻撃することです。正常な細胞は加温すると周囲の血管が拡張して血流を増し、熱を外に逃がす仕組みになっています。一方、がんの周りにある血管は、急ごしらえのもろい新生血管であるため、血管が拡張せずに熱がこもってしまう。結果、がん細胞は正常細胞よりも早く熱の影響を受けて壊れてしまうのです」
ただし、ハイパーサーミア療法は脂肪組織が過度に加温されることで皮下脂肪に硬結が生じ、痛みが出ることがある。その場合でも多くは1~2週間で消え、後遺症も残らない。
ならば、この治療法単独でもよさそうだが、日本では手術や抗がん剤、放射線治療などに代わるメインのがん標準治療法にはなっていない。単独で好成績を上げた症例も多数報告されているが、倫理上、大規模な比較試験を行ってエビデンスを得るのが難しいからだ。
現時点では放射線や抗がん剤と併用することで、それぞれの治療効果を高めることが期待されている。とくに注目されているのが抗がん剤の増感作用だ。
「2つの理由から抗がん剤の効果がアップされることがわかっています。ひとつはがん細胞を覆う細胞膜の透過性が高まり、抗がん剤の取り込み量が増え、結果としてがん細胞内の抗がん剤濃度が高まるからです。もうひとつは、がん細胞が抗がん剤によるDNA損傷を回復しようとするのを、温熱が阻害するためです」
抗がん剤治療にハイパーサーミアを併用すると、たとえ40度以下の低い加温でも薬の効果が増すことが確認されている。
「ハイパーサーミア併用により、最初から抗がん剤が少なくて済む、と考える人がいますが誤解です。通常はガイドラインに沿って抗がん剤を投与します。ただし、長期間投与となったり、高齢者や体力がない人、副作用の強い人では、ハイパーサーミアを併用することで抗がん剤を通常量より減らしたり、少量投与によって長期にわたって病態を維持することが可能になるのです」