主役は患者 食べるものも生活リズムもすべて好きなように
本棚がある家、絵画が飾ってある家、缶チューハイや大五郎などの焼酎のペットボトルが鎮座している家など、本当に千差万別です。それら患者さんの生活スタイルや大事にしていることなどを受け止めながら、あくまでも私たちがお客さんなのだという意識で診療を行っています。
かつてこんな患者さんがいました。その方はアルツハイマー型認知症を患う92歳の独居の男性で、通いの家政婦さんに毎日身の回りの世話をしてもらっていました。
入院先の病院から在宅医療の導入を勧められ切り替えたのですが、入院中はずっと寝たままで、テレビを見ることもなかったといいます。ところが退院して家に帰ったら、テレビで日時を確認したり、食べたいもののリクエストを出したり。訪問診療のスタッフが来る日には、ヒゲをそり、ワイシャツを着て、ピシッと身支度を整える――。
入院していてはこのような生活スタイルは望めません。この患者さんの場合、在宅医療に切り替えたことで、患者さん自身の中に眠っていた生活を主体的に送ろうとする積極的な気持ちを取り戻せたのでしょう。
その後、妹さんの強い要望で施設に入所されました。しかし、たとえ一時的だとしても、療養に対しても、生きることに対しても、積極的な気持ちを持てるようになった在宅医療の期間は、患者さんにとってさぞかし貴重で有意義な時間だったのではと考えるのです。