名画「愛と哀しみの果て」では語られなかった主人公の感染症
実際、「アフリカの日々」は彼女の人生そのものです。カレンは1885年にデンマーク生まれ。若い頃はパリで絵の勉強をしたり、文芸雑誌に小説を投稿したりしていたそうです。28歳でスウェーデン貴族と結婚し、翌年にはケニアに移住して夫婦でコーヒー農園を経営しますが、夫婦仲がうまくいかず離婚。ひとり身になってもコーヒー農園を続けますが、結局は経営が破綻してしまいます。その後、デンマークに戻って作家として成功するのですが、病に悩まされていたそうで、1962年に77歳で亡くなります。
その病とは梅毒だったと言われています。「愛と哀しみの果て」はもちろん、「アフリカの日々」でもこのことは触れられていませんが、結婚から1年もたたないうちに夫からうつされたと言われています。死因も栄養失調だとされるものの、梅毒ではないかとの見方もあるようです。
新婚早々、夫に性感染症をうつされたという点では、以前に当コラムで紹介した日本人女性で初めて医師国家試験にパスした荻野吟子医師と同じです。
ちなみに、梅毒の特効薬「サルバルサン」が発見されたのは1910年です。ドイツのフランクフルトにあった国立実験治療研究所所長のパウル・エールリッヒ博士と日本人医師・秦佐八郎が協力して発見しました。2人の出会いはベルリンで開催された万国衛生学会でした。左八郎が危険なペスト菌を8年も研究していたことを聞いて、エールリッヒ博士が佐八郎をスカウトしたのです。2人は「微生物には親和性があり、人間の細胞には親和性がない」――つまり「微生物は殺し、人間には無害」な薬を作るための研究を始めます。そのときターゲットにしたのが、発見されて間もない梅毒のトレボネーマ・パリダムだったのです。