太るタイプの2型糖尿病は薬で“治る”時代へ… 専門医に聞いた

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やせた人、高齢者は注意。やせ薬の使用は危険

 ──それほどの薬が登場したにもかかわらず、糖尿病治療が格段にラクになったイメージがないのはなぜですか?

「最大の理由は現在、GLP-1受容体に作動する新しい注射薬は世界的な人気で品不足に陥っており、望んでも新規の患者さんに行き渡らないからです。糖尿病の治療を受けていない人の多くがGLP-1の情報を知らず、昔通り『治療しても治らない』と思い込んでいるのも一因でしょう。一般内科医を受診している糖尿病患者さんの中には昔ながらの投薬パターンを続けていて、情報を知らないケースもあるかもしれません。しかし、それ以上に問題なのは自由診療の美容系クリニックや個人輸入などでやせ薬として販売されており、糖尿病の薬としてでなくやせ薬として有名になっているからです。これは、適応外使用であり、国が保険診療として認めた使い方ではありません。本当に危険です」

 ──どう危険なのですか?

「GLP-1受容体作動薬は国が承認し、公的保険の適用にもなっている2型糖尿病の治療薬です。ただし、患者さんとして、やせている人や高齢者はその使用に注意が必要です。体重が落ちることで筋肉量が減って、体が衰弱する可能性があるからです。女性は妊娠・出産に悪影響となる場合もあります。そもそも薬は健康な人が使うものではありません。医師が患者さんの症状や体の状態を見極めたうえで、薬の種類や量を決めて使うものです。薬は、必ず副作用があります。がんなど生命に関係する場合を除いて適応外使用は極めて慎重であるべきです。日本糖尿病学会でも『GLP-1受容体作動薬およびGIP/GLP-1受容体作動薬の適応外使用に関する見解』を公表し、美容・痩身・ダイエットなどの不適切使用に警告を発しています。なお、2型糖尿病薬である一部のGLP-1受容体作動薬は、肥満症治療薬として国の承認を受けており、まもなく実診療で使用可能となりますが、その対象となる患者さんも厳しい条件があります」

 ──やせ形の2型糖尿病の人やインスリンが出ない1型の糖尿病の治療はどうですか?

「基本は不足分のインスリンを注射で補う治療で、追加分泌(食後高血糖)用と基礎分泌用の2種類のインスリンを使います。追加分泌用は注射してからの立ち上がり(効き目)が早い、超々速効型が数年前に登場し食後高血糖のコントロールがより良好となりました。基礎分泌用は現在1日1回の注射が一般的ですが、来年には1週間で1度の注射が登場しそうです。在宅診療などの高齢者の利便性が増すでしょう。インスリンは基本自己注射であり、自己管理が必要です。しかし、高齢で認知症のある1型糖尿病患者さんは毎日注射することは難しい。1週間に1度なら、家族が打つにしても負担が軽くなります」

■持続血糖測定器で患者の行動が変わった

 ──持続血糖測定器(CGM)はどう役立っていますか?

「従来の指先などに針を刺して採血し、それを測定する自己血糖測定器だと測定時の血糖値しかわかりません。しかし、連続で血糖値を測れるCGMだと、どのような食べ物をどのようなタイミングで口にしたらどれくらい血糖がアップダウンするのか、自分で確認できます。そのことで、患者さんが自ら行動変容できるようになりました。私もCGMを装着してみましたが、血糖値の上がり具合を見てからはカレーライスのおかわりはしなくなりました。CGMは治療の選択の幅も広げます。糖尿病患者さんのなかには、1日1回基礎分泌用のインスリン注射をして、飲み薬で血糖をコントロールするBOTを行う人がいます。期待通りの効果が得られないときに、飲み薬をやめていきなり超々速効型のインスリンを打つのではなく、CGMで患者さんの血糖変化を可視化することで患者さん本人に普段の食生活や運動習慣に問題がないか気づきを与える機会になります。すでにCGMを装着した人の方が一般の血糖測定器を使用した人よりも血糖コントロールが改善するとの研究報告もなされており、CGMは単なる計測機器ではなく、治療手段のひとつとの見方もできます」

 ──食事療法や運動療法で新たな動きは?

「ローカーボ(低糖質)食の有用性を認めざるを得なくなっています。かつては全体から得るエネルギーの60%を炭水化物から取るとされていました。ところがいまは50~60%との言い方が変わってきた。もっと少なくてもいいという意見もありますが、炭水化物の取り過ぎが肥満につながることはわかっています。つまり食事療法もこれまでのようにカロリーだけで語ることはできなくなっています」

 ──最後に糖尿病の治療は今後どうなりますか?

「糖尿病を完全に治す手段は膵臓のβ細胞の移植などでしょうが、実現はまだ先の話。ただ、肥満型の糖尿病の寛解例が増えるのは間違いありません。ほかのタイプの糖尿病も改善例が増えるでしょう。治療の選択肢が増え糖尿病は『悪くなっていくだけの病気』ではなくなりつつあります。きちんと取り組めばそれに応えてくれる病気です。過去の情報や思い込みであきらめずに、患者さんやその予備群の人は積極的に検査や治療に取り組んでいただきたいものです」

◆糖尿病とは◆ インスリン作用不足による慢性の高血糖状態を主な特徴とする代謝症候群のこと。1型は自己免疫性に膵臓のβ細胞が破壊されることが発症原因。2型は膵臓のβ細胞量の減少によるインスリン分泌低下やインスリン抵抗性を起こす複数の遺伝子因子や過食・運動不足・肥満などの環境因子、加齢などが関係している。

▽弘世貴久(ひろせ・たかひさ) 東邦大学医学部内科学講座糖尿病・代謝・内分泌学分野教授。1985年大阪医科大学卒、大阪大学医学部第3内科研修医、米国立衛生研究所研究員、大阪大学医学部第3内科、順天堂大学医学部・医学系研究科代謝内分泌学・先進糖尿病治療学先任准教授などを経て2012年から現職。

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