クローン病と闘う作家・済東鉄腸さん「体重が90キロから60キロに激減したことも…」
済東鉄腸さん(作家/31歳)=クローン病
いや~、きついですね。下痢が日常的なんです。ずっとこれかと思うと正直しんどい。でも、この境遇を笑い飛ばすことが大事かなと思っています。ユーモアは生きていく力をくれますからね。
「クローン病」が見つかったのは2021年春です。20年ごろから少しずつ量を食べられなくなってきて、夏に冷蔵庫で冷やしていたお茶を飲んだらソッコー腹痛が起きたのです。以来、ずっと不調が続いていました。
当時29歳で、実家暮らしのひきこもりニート。辛うじて行っていた週1のバイトも、コロナ禍で行けなくなった頃でした。すぐに病院に行けばよかったんでしょうけど、「自分は病院に行く資格のない人間だ」と、ひきこもりにありがちな思考でズルズルと半年間放置してしまいました。
受診のきっかけは、超が付くほど無口な父親が「おまえ、やばいことになってるぞ。病院に行った方がいい」と口を開いたことです。その頃、体重は90キロから60キロに激減していました。
近所の病院で血液検査をすると、CRP値(炎症を示す値)が基準値をはるかに超えていたため、大学病院を紹介されました。何度か検査が行われた後、最後に内視鏡検査があり、クローン病と確定したんですけど、内視鏡が地獄の苦しみでした。
内視鏡をお尻から入れると、わりとすぐに炎症部分にぶつかった感覚がありました。先生もその段階で「潰瘍性だな」とつぶやいて、わかったはずなのに、さらに奥へ進むもんだから信じられない激痛なんです。終わったときには干からびたミミズの死骸になった気分でした。
自宅で絶対安静となり、毎日の投薬とエレンタールというタンパク質経口摂取薬300ミリリットル×2本の摂取が必須になりました。
「脂」はうまみの宝庫なのだと実感
クローン病は自分の免疫が消化器官を攻撃して炎症が生じ、下痢や腹痛を起こす自己免疫疾患のひとつです。1日の脂質を30グラム以内に抑えることが望ましいとされ、肉や脂をほとんど取れない食事制限になりました。
家には肉から脂肪分を搾り取る特殊な装置が用意され、母親がそれを使ってクローン病用の食事を作ってくれるのですが、やはり味気ないんです。つくづく、脂ってうまみの宝庫なのだと思いました。その脂を搾る装置の音を聞くと憂鬱になるので、調理中は家に帰りたくないほどです。
エレンタールとクローン病用に作った食事以外は摂取しないほうがいいんですけど、そうもいかなくて、去年の暮れに発作的に1800円分の鶏の唐揚げを一気食いしてしまって、激しい腹痛に襲われました。頭がおかしくなっていたとしかいいようがありません。戒めとして、そのときのレシートを常に持ち歩いています(笑)。
我慢しすぎるとそういう悲劇になるので、今は食欲が爆発してしまう前に隠れて少量のポテトチップスなどを食べてガス抜きしています。
寛解状態の今は、食事制限といってもそこまで厳しく制限する必要はないんです。ただ、食べたら下痢や腹痛になるってだけ。もっといえば、その一口が炎症をひどくしたり、狭窄するトリガーになることもあるから覚悟しろ、ということなんです。なにを食べたらどうなるかは個人差があるので、人体実験しながら少しでも食べられるものを見つけるしかありません。実際、ステーキは大丈夫だったけれど、ポップコーンはまるでダメでした。
クローン病が見つかった2~3カ月後、じつは「痔ろう」の手術もしました。切れ痔からはじまって重症化していたのはわかっていても、やはりひきこもりの思考で放置していたのです。手術した直後はオムツ2枚に加え、介護パンツに生理用ナプキンで体液を吸収しなければならなかったりして、だいぶミジメでした。でも、完全にまっすぐ座れるようになったので、生活の質は格段に上がりました。痔ろうは絶対手術したほうがいいですよ(笑)。
この一連の闘病記をnote(文章や画像などを無料で投稿できる情報発信サービス)に書きなぐっていたら、それを読んだ編集者の方が「この文体で、ルーマニア語の小説を書いた男の自伝を書いてみては?」と提案され、通称「千葉ルー」と呼ばれる長いタイトルの本が出版される運びとなりました。
30歳までニートだった自分が、31歳にして突然、表舞台に出るようになったわけです。7年ほど前に映画を見てルーマニア語に興味を持ち、言語を習得する過程でコミュニケーション力が上がり、今年2月に本を出して取材を受けるようになってさらに対人能力が増しました。自分は“陰キャ”(陰気なキャラクター)で、それが自分に合っていると思っていたのですが、じつは人とコミュニケーションすることが好きなんだとわかってきました。
クローン病の治療を通して、健康になって、朝起きられるようになり、読書する体力がついて読書量が爆上がりしました。
それまでは哲学的な内向きの本を読むことが多かったけれど、医学や自然科学、建築学など外にも目がいくようになり、目下の興味は数学や経済学。人生が外に向かって広がっているのを実感しています。
(聞き手=松永詠美子)
▽済東鉄腸(さいとう・てっちょう) 1992年、千葉県出身。大学時代からキネマ旬報などに執筆する映画評論家。2015年にルーマニア映画「ポリス、アジェクティヴ」に出合い、独学でルーマニア語を勉強。ルーマニア語で執筆した短編小説が19年にルーマニアの文芸誌に掲載された。自伝「千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話」が発売中。
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