創志学園監督を退く長沢宏行氏の無念と不運…後任の門馬敬治氏とはセンバツで因縁が
「まだ枯れていない。年齢と情熱は違うと思いますから。どこかやれるところがあれば」
初戦で青森の八戸学院光星に敗れ、こう言って甲子園を後にしたのが創志学園(岡山)の長沢宏行監督(69)だ。
神村学園(鹿児島)時代の2005年にセンバツ準優勝。創志学園を春夏合わせ6回甲子園に導いた名将は今大会限りで退任することに。後任は前東海大相模監督の門馬敬治氏(52)だが、「2人には因縁がある」とマスコミ関係者がこう続ける。
「東海大相模は11年のセンバツで優勝していますが、このときに初戦で対戦したのが優勝候補の一角といわれた岡山の関西でした。そこで当時、東海大相模を指揮していた門馬監督は、同じ岡山から大会に出場していた創志学園の長沢監督に、関西の情報を聞きに行ったというのです。中身の濃い情報があったのかどうか、東海大相模は関西に9-1と圧勝、勢いに乗って全国制覇した。門馬さんにとって長沢監督は、いわば恩人のようなものですが……」
長沢監督は「まだ枯れていない」とコメントしたように、消化不良は明らか。まだまだ監督を続けたかったと言わんばかりだ。敗退後、兵庫県立篠山産の監督就任が明らかになったものの、自分の後釜は門馬氏。結果として恩を売った相手に“追われた”形になったのは運がない。