管理職のネタ本としてもおすすめの一冊
「辞書から消えたことわざ」時田昌瑞著/角川ソフィア文庫
いつも生臭い経済の本ばかり読んでいるので、ちょっとした気分転換のつもりで、本書を手にした。本書は、タイトルの通り、ことわざ辞典から消えてしまった約200のことわざに、著者が解説を加えたものだ。
私は、けっこう日本語に詳しくて、雑学王の日本語大会で優勝したこともあるのだが、本書に登場することわざで知っていたものは、ほとんどなかった。だから、新鮮な気持ちで読むことができたのだが、著者の博覧強記に基づく解説が素晴らしいのと同時に、ことわざ自体が持つ魅力に取りつかれてしまった。
ことわざというのは、リズム感のある文が、短い言葉でまとめられている。ある意味で、俳句に近いところがある。また、異質なものを組み合わせる、なぞかけの要素を持つものも多い。例えば、いろはかるたの「瑠璃も玻璃も照らせば光る」ということわざは、瑠璃とかけて玻璃と解きます。その心は、どちらも光ります、という構造だ。ただ、ことわざがいちばん優れているところは、庶民の哲学が凝縮されている点だろう。
ひとつだけ本書のことわざを紹介すると、「泥棒と三日いれば、必ず泥棒になる」というものがある。私はこのことわざを、カネを稼ぐためだったら、捕まらない限り何をやっても構わないと信じている金融資本主義者たちに贈りたい。彼らは、自分たちの仕事が本当は泥棒をしているのに等しいことを知りながら、いつの間にか、すっかり罪悪感が麻痺してしまっているからだ。
もうひとつ驚いたのは、著者によると、このことわざは夏目漱石の創作かもしれないということだ。辞書から消えたことわざのなかにも、こうした由緒正しいことわざもあるということだ。
もちろん、由緒正しいものだけでなく、本書にはまだまだ使える秀逸なことわざが、たくさんちりばめられている。
使い古されたことわざを言うよりも、この本からネタをとって、話をした方がずっとウケると思う。だから、学校の先生とか、部下の前でうんちくを語らないといけない管理職層のネタ本として、本書は、とてもおすすめの一冊なのだ。
★★★(選者・森永卓郎)