「夏の坂道」村木嵐著
大日本帝国憲法公布の年に香川県で生まれた南原繁は、18歳のとき上京し、日本中の秀才が集まるといわれる一高に進学した。しかし、新渡戸稲造や内村鑑三といった尊敬する師に恵まれ、学問とキリスト教に目を開かれた南原に待ち受けていたのは、戦争の時代だった。
軍国主義が台頭し、治安維持法には目的遂行罪が加えられ、特別高等警察が全府県に配置されるようになる。東京帝大の法学部教授となった南原は、貴重な本が発禁処分を受け、何人もの教授たちが不敬罪で告発され、学問や言論の自由が失われていくのを目撃する。
軍部や政争に好き勝手に悪用される法を作ったのは、ほかならぬ東大法科で学んだ人間ではないのかと自問するなか、法学部が政治と対峙せざるを得ないことを実感するが、ついに太平洋戦争が始まってしまった。終戦を願う南原は、学内の仲間と秘密裏に終戦工作を始めるのだが……。
2010年「マルガリータ」で第17回松本清張賞を受賞し、作家デビューした著者の最新作。戦後最初の東大総長として、敗戦後の日本のあるべき姿を説いた南原繁の生涯を描いている。
(潮出版社 1900円+税)