「小箱」小川洋子著
語り手が住んでいる家は、昔の幼稚園。お遊戯室が居間兼食堂で、職員室で書き物をし、保健室のベッドで眠る。仕事はかつての講堂にびっしりと並べられているガラス箱の番人。そのガラス箱には、おしゃぶり、ウサギのぬいぐるみ、九九の暗記表などなど、亡くなった子どもたちの思い出の品が納められ、子ども1人分の魂があちらの世界で成長するのにちょうどいい大きさをしている。
そこにはさまざまな人たちが訪れる。突然声を失い、歌でしか人と会話できないバリトンさん、死んだ息子が通ったことのある道以外の道は歩けなくなってしまった従姉、亡くなった子の遺髪で竪琴の弦をつくる元美容師……。
町外れの丘の広場では、子どもを亡くした人々が集まって、毎年“一人一人の音楽会”が開かれる。耳たぶにぶら下げた小さな手作りの楽器で風になびくその音を聴くというもの。自分ひとりにしか聴こえない奇妙な演奏会だ。
なぜ子どもたちがいなくなったのかは語られず、子どものいない世界が淡々と描かれていく。亡くなった者たちへの深い慈しみに満ちた物語。
(朝日新聞出版 1500円+税)