「証言 治安維持法」NHK「ETV特集」取材班著 荻野富士夫監修
2018年5月、治安維持法違反の罪に問われた人やその家族、支援者たちが、国による謝罪や賠償、実態調査を求める国会請願を行った。前年、テロ等準備罪が成立し、治安維持法との類似が指摘されていたさなかの行動だった。とはいえ、肝心の治安維持法がどのように運用されていたかについてはあまり知られていない。本書は、同法で検挙された体験者の証言をもとに「希代の悪法」と称された治安維持法の実態を記したもの。
治安維持法が制定されたのは1925年、目的は当時急速に勢力を伸ばしつつあった共産党の取り締まりだ。28年の三・一五事件の一斉検挙で共産党関係者1600人余りが逮捕され、同党は壊滅的な打撃を受ける。本来ならこれで同法の役割を終えたはずなのだが、ここで確立した思想検事、特高警察体制を存続するために、検挙対象は共産党関係者から自由主義的な考えを持つグループや個人に拡大適用されていく。ピークの33年には1万5000人近い人が検挙された。「君たちはどう生きるか」の吉野源三郎、政治学者の丸山真男もこの年に捕まっている。同法は国内のみならず、朝鮮・台湾などの植民地にも適用され、20年間に10万人以上が検挙された。
証言者の話を読むと、いかに不条理な理由で検挙され、その人生を大きく変えさせられたかが痛々しく伝わってくる。問題は、特高が多用した自白調書の証拠採用を時の司法が追認したことで、それが現在の日本の司法の自白偏重に引き継がれている。本書で語られていることは決して過去のことではない。この先「有事」という大義名分のもと、テロ等準備罪の拡大解釈が行われないという保証はない。本書の読後は、現政権の検事長の定年延長などの動きも不気味に見えてくる。
治安維持法についてコンパクトにまとめたものは奥平康弘著「治安維持法小史」(岩波書店)、検挙者のプロフィル、判決内容、検挙事由等の詳細な記録を収めた基礎文献に、小森恵著・西田義信編「治安維持法検挙者の記録」(文生書院)がある。 <狸>
(NHK出版 900円+税)