風光の地・富陽を舞台に描く一族の哀楽盛衰
「春江水暖~しゅんこうすいだん」
ちかごろテレビの衛星放送では中国の連続ドラマを多数放映している。それを見ると話の筋はともかく、セットと照明に金がかかっているのがわかる。映画は「絵」。その絵づくりを支えるのが「富」だ。
では資金がないときはどうするか。その好例が先週封切られた「春江水暖~しゅんこうすいだん」。初めての長編作品でカンヌ映画祭のクロージング上映作に選ばれた顧曉剛監督の中国映画である。
舞台は浙江省杭州市の風光明媚で知られる富陽。そこに暮らす老母と4人の息子や孫たち一族の春秋を描く。劇的なことはなにもない。冒頭、母の長寿を祝う宴会は華やかだが、その席で母が倒れ、療養に引き取った中華料理店経営の長男と嫁、およびその娘を軸に、ゆっくりと家族内の哀楽盛衰と変わりゆく街の姿が映し出される。
富陽は元朝末期の画家、黄公望が水墨画に描いた風光の地。しかし近代化も進み、2022年にはアジア競技大会の開催も決まっている。その新旧半ばする風景を伝統的な山水の趣きで写生した「絵」が、この映画の魅力になっている。
いわば年月に磨かれた天然のロケセットだが、もうひとつ、登場人物の多くが監督の身内で、彼らの顔立ちが実にうまく人間の型(タイプ)を表している点も見もの。
物語映画は人物の「見た目」が肝心というのは古典映画理論で「ティパージュ」と呼ばれるが、苦労して資金を集めた監督は地縁と血縁をリソースに、2年間をかけて天稟の画才あふれる絵のような映画に結実させたのである。
自然風景に宿命を読む風水は中国伝来の思想。この3月に筑摩書房刊行予定のエルネスト・アイテル著「風水―中国哲学のランドスケープ」(1000円+税 写真は青土社の旧版)は19世紀後半に中国に渡り、香港政庁で学校監督官も務めたドイツ人宣教師の解説書。西洋人らしい異文化観察記でもある。 <生井英考>