「高瀬庄左衛門御留書」砂原浩太朗著
読み始めたら、やめられない時代小説の傑作である。まず、中身の前に外側からいく。装丁がいいのだ。静かな雰囲気がゆっくりと立ち上がってくる装丁といっていい。読み終えて本を閉じると、このカバーをなでたくなるほど情感を伝えてくる。
中身も素晴らしい。一見、静かだ。隠居間近の男が主人公である。妻を亡くし、息子を事故で亡くし、趣味の絵を描くだけの日々だ。暮らしも豊かではない。息子の職禄と合わせても50石相当の身代で、さらに半ばは藩に借り上げられている。絵に色をつけたくても高価なものは買えないので墨一色にしているほど。そういう男の日々が描かれるわけだから、静かな物語になるのは当然だろう。
回想がどんどん挿入されていく。庄左衛門の息子・啓一郎は、藩校の将来の総帥を決める試験に次席で敗退。結局は、領内を歩き回って収穫を調べる仕事についた。親子揃っての郡方づとめである。そして事故死。庄左衛門も若き日に、道場の後継者を決める争いに負けた人間だから、笑顔を見せない息子の悔しさが理解できるのだが、その息子にもう語りかける術もない。
そういう静かな老後の日々がずっと続くのかと思っていると、いつの間にか不穏な空気が満ちてきて、激しい物語に転化する。この静から動への変化が素晴らしい。脇役たちの造形が見事であることも付け加えておく。年初早々の傑作だ。
(講談社 1700円+税)