井川香四郎(作家)
1月×日 小学6年のとき、精神科医をしていた同級生の父親に案内されて、閉鎖病棟を見学したことがある。二重の鉄扉の奥には、鉄格子の部屋が廊下の両側に並んでおり、手先を差し出して「先生! りんごちょうだい」などと叫ぶ患者の声が響いていた。精神保健福祉法によって改善されていると思いきや、昔より劣悪な環境で拘束され、生涯閉じ込められる人がいることを、風間直樹ほか著「ルポ・収容所列島」(東洋経済新報社 1760円)は報告している。自由を奪われた患者の精神はどうなるのだろう。
そんな体験から、人間の精神や意識に関する心理学や哲学の本はかなり読んだ。最近、興味深かったのは、マーク・ソームズ著「意識はどこから生まれてくるのか」(岸本寛史ほか訳 青土社 3080円)である。意外だったのは、人間の意識や感情は、無脳症の人にも認められるとの実験をもとに語られていることだ。意識の源泉は大脳ではなく、中脳水道周囲灰白質にあるという。脳が意識を生むのではなく、宇宙に流れている意識を顕在化するシステムが脳にあるらしい。「人間は肉体という監獄から一生離れられぬ」と文豪モームが言ってるが、個人の意識とは何だろう。
では、人工的に作られた生命には意識が生まれるのだろうか。エイミー・ウェブほか著「ジェネシス・マシン」(日経ナショナルジオグラフィック 2640円)には、生体をプログラミングする合成生物学の無限の可能性が書かれている。未知の新しい細胞、微生物、植物、動物を生み出すことのできる技術だ。不老不死や再生医療は元より、気候変動や食糧枯渇など地球レベルの危機も解決できるという。
たとえば、皮膚の遺伝子から自分の好みの子どもも産むことができる。その子どもの意識は何処から、どう生まれるのか。人間が勝手にプログラミングした生命だけで地球が満たされる未来とはどんな社会なのか、考えるだけでおぞましく感じてくる。
さて、私の今月の新刊は新シリーズ「大久保家の人びと」(徳間文庫)と「番所医はちきん先生(5)」(幻冬舎文庫)です。