風野真知雄(作家)
1月×日 今年、幕末を舞台にした“くノ一物”を書くことになっていて、どんなキャラクターにしようか模索中である。私は出版点数が多いので、思いつくまま適当に与太話を書き散らかしていると受け取られがちだが、設定やキャラクターは、ああでもないこうでもないと、意外に悩んでいるのだ。これでも。
そんなおり、行きつけのフランス人男性が経営する小さな書店カフェで、「魔女 女性たちの不屈の力」(モナ・ショレ著 いぶきけい訳 国書刊行会 2640円)を見つけた。著者はフランスの女性ジャーナリスト。要はフェミニズムの本なのだが、日本から見たら遥かに進んでいると思っていたフランスでも、女性蔑視・差別は、厳然と存在するらしい。店主のフランス人に訊いても確かにそうで、違うのはメディアで積極的にフェミニズムを訴えるジャーナリストや作家が日本より多いというくらいだそうだ。
この本は、かつてヨーロッパに吹き荒れた魔女狩り旋風の歴史から解き明かす。魔女はすなわち自立をめざす強い女性の象徴で、それをさせまいとしたのが魔女狩りという残虐な暴力だった。ホウキにまたがって、闇夜を飛び回る魔女の姿は、男性器をわがものとして寝室を抜け出す姿の暗喩だという指摘には、なるほどと感心する。
その魔女狩りはいまもつづいていて、著者は有名な小説や映画の背景に存在するそれを、次々に指摘していく。そして、いまこそ女性は、堂々と魔女宣言をし、自立し、自由になろうと訴える。私などは女性にはずっと敗北感を味わってきたくらいで、差別意識も蔑視もないつもりだが、それでも胸に手を当てて考えるべきだろう。
そこで懸案の小説だが、幕末という時代は、女性などまったく無視、魔女ですら舞台に出してもらえなかった。だからこそ、私の“くノ一”は、幕末の魔女として暗躍させれば面白いかもしれない。いっそのこと、池田屋騒動も大政奉還も錦の御旗の登場も「全部“くノ一”がやったこと」にしようかね。