安部龍太郎(作家)
1月×日 近頃ようやくトンネルの出口が見えてきた。一昨年7月に日経新聞で連載を始めた「ふりさけ見れば」が終わりに近付いたし、今年の正月から北國新聞などで連載をはじめた「銀嶺のかなた──利家と利長」も軌道に乗ってきた。
そこで資料以外の本を読む気持ちの余裕ができ、まず手に取ったのは磯田道史著「日本史を暴く」(中央公論新社 924円)である。磯田さんとは10年前に一緒に沖ノ島に参拝して以来のご縁だが、昨年12月にも北國新聞で対談させていただいた。
そのときにこの本をサイン入りで頂戴したので、イの一番に読むことにした。面白い。読みやすい。ためになる。三拍子そろった好著で、あっという間に読み終えた。史料調査によって出会った古文書などを元に、歴史の意外な一面を記したエッセーを集めたものだが、単なる豆知識に終わらないのは、磯田さんの見識や洞察力の深さによる。
その範囲は戦国時代から明治初期、そして疫病と災害の歴史にまで及ぶのだから頭が下がる。これほどの情報量と分析力があればと、うらやましくなったほどだ。中でも興味を引かれたのは、「細川家に伝わる『光秀謀反』の真相」と「孝明天皇の病床記録」だった。
1月×日 高瀬乃一著「貸本屋おせん」(文藝春秋 1980円)は第100回オール讀物新人賞を「をりをり よみ耽り」で受賞されたが、これに4編を加えて連作集にされた。
江戸時代の文化年間に浅草で貸本屋を営むおせんの物語で、江戸の貸本屋文化を背景として、若いおせんの奮闘が淡い恋や捕り物を交えて描かれている。私もこの新人賞の選考委員をしていて、受賞作の選評で「力量のほどは折り紙つきです」と記した。
高瀬さんはこれを読み、お礼の手紙を添えて新刊を送って下さったのだった。