絲山秋子(作家)
12月×日 庭のコブシの木が大きくなって、落ち葉の量が増えた。すっかり片付けても翌朝にはまた降り積もっている。黄金色の大きな葉っぱを見て私は「これが全部諭吉だったらいいのに」と毎年同じことを言っている。
午前中は家のなかよりも庭にいる方があたたかい。犬は穴を掘ったり眠ったりして過ごし、私はキャンプ椅子で本を読む。
小松理虔(りけん)著「新地方論 都市と地方の間で考える」(光文社 1056円)は、福島県いわき市に住む著者が「観光」「居場所」「子育て」など10のテーマで地方とその可能性を語ったものだ。「一時的な市民としての観光客」、「旬を背負う食生活」と「ローカル大量生産品」の強み、「偶然やってくるものを信頼する取材」などの新鮮な切り口に惹きつけられた。「自分ごと」という小さな主語での語りは誠実で親しみやすく、しっかりと伝わる。これまで、どこか遠くの場所から一般化して語られる「都市と地方」というテーマに感じていたモヤモヤが晴れていく気がした。
そもそも「ローカル」という言葉には「地域」「地方」だけでなく「現場の」「目の前の」という意味もあるという。そして日々、私の目の前にもさまざまな事象が現れる。
12月×日 朝の散歩中、道に迷ったおばあさんと出会った。住所も電話もわからない、普段行くスーパーの名も覚えていないと言う。ちょうど近所のコーヒー屋さんが焙煎を始めたところだったので助けを求め、あたたかい店内に入れてもらった。警察官を呼ぶことと、不安にならないように会話しながら待ってもらうことを1人で同時に行うのは難しい。でも顔見知りのコーヒー屋さんと連携すればちっとも苦にならなかった。
12月×日 空き地で狐を見つけた。狐の走り方は犬よりもずっと軽やかだ。立派な尻尾が宙を舞うように動いて美しい。一度、立ち止まってこちらを見て、それから林のなかに消えていった。目が合ったときに庭の落ち葉を諭吉に変えて下さいと頼めばよかったと思った。