「日本の水商売」谷口功一氏
飲みニケーション、花金、2次会。もはや、そんな言葉は過去のものと、心寂しい読者も多いのではないだろうか。
「2018年には全国で約7万軒あり、コンビニよりも多かったスナックは、2020年には4万軒ほどになってしまいました。その後、1年ちょっとの間には、どんなに少なく見積もっても8000軒が廃業しています。ある銀座のママは従業員を守るためにたい焼き屋でバイトをしたり、上野のキャバクラに出稼ぎをした人もいて、現場の苦境は数字以上のものでした。現在は逆に深刻な人手不足で、派遣ホステスというアルバイトが生まれているくらいです。不要不急と締め付けられ、破壊された産業が、簡単に立ち直ることはあるのでしょうか」
本書は、政治学者や文学者など9人の知識人からなる「スナック研究会」の代表である著者が、コロナ禍のスナックに赴いて記録した、夜の街の奮闘ドキュメントである。
全国17カ所に及んだ取材は、特に地方の惨状を浮き彫りにした。
「すすきのでは、『南三条から南八条、西二丁目から西六丁目』の区域が名指しで時短要請を出されました。しかし、当然ながら人びとは近くに流れて飲んでいた。飲食店の人たちには営業の自由があり、生活が懸かっているのにもかかわらず、権力によって不合理に線引きされたんです。法ではなく要請という同調圧力を当て込んだのは、陰湿としか言いようがありません」
浜松では、クラスターの発生源となってしまった店舗が感染経路を特定するために店名公開に協力したがために、悲劇が起きた。
「市からは『客をしっかり特定できる名簿があり、非常に優良な協力店』とされ、保健所も『店は全力で守る』と味方になってくれたのですが、個人による嫌がらせが集中してしまいました。マスコミの扇情的な報道にネット民が反応してしまったんですね。電話で罵倒してきたり、家族写真までネットにさらされたり、犯罪者のような扱いでした。保健所の職員と電話で、泣きながら励まし合っていたといいます」
著者が指摘する問題点は、経済面や倫理面だけではない。英国の経済学者による「ロックダウンでパブが失われ、結果としてイギリス独立党(右翼政党)の投票が促進された」という統計分析を引用し、スナックが担う地域に根ざしたコミュニティーの喪失に、警鐘を鳴らしているのだ。
「実は、夜の街が失われることは、政治的にも大きなインパクトがあるんです。人は社会から孤立すると極端な思考になってしまいますからね。実際、アメリカでは、都市部のエリートが大学にこもって、ジェンダー問題などにかまけているうちに、地方の工業地帯の忘れられた人びとに囲まれてトランプが誕生しました。日本におけるスナックは人間関係の結節点で、地方がないがしろにされた今、日本は“マジでトランプ5秒前”という状態なんです。政治家は、電気代も物価も上がって苦しんでいる国民を後回しにするべきではありません」
著者自身も、地元のスナックに通えなかったときに、近隣住民の訃報すら耳に入ってこなくなり、コミュニティーの喪失を実感したという。
本書はほかにも、地域を活性化するために半町営のかたちで経営する北海道・新得町のスナックや、横須賀から全国に広がる介護スナックなどの社会的意義を、マイケル・サンデルやニーチェの概念を応用しながら、紹介する。
スナックは、デモクラシーの担い手だと著者は言う。コロナが5類に引き下げられた今、夜の街に繰り出そうではないか。
(PHP研究所 1760円)
▽谷口功一(たにぐち・こういち)1973年、大分県別府市生まれ。東京大学法学部卒業、同大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学。現在、東京都立大学法学部教授。専門は法哲学。主な著書に「ショッピングモールの法哲学-市場、共同体、そして徳」「日本の夜の公共圏-スナック研究序説」など。