彩瀬まる(作家)
3月×日 ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まってから3年を超える月日が経過した。つい先日、ウクライナのゼレンスキー大統領とアメリカのトランプ大統領の会談が、前代未聞の口論となり決裂した。その報道を、辛い気持ちで見た人は多かったと思う。私もその1人だ。
平野高志著「キーウで見たロシア・ウクライナ戦争 戦争のある日常を生きる」(星海社 1320円)は、ウクライナの首都キーウ在住で、ウクライナ国営放送「ウクルインフォルム」に勤める平野高志さんが、戦時下の暮らしについてQ&A方式で答えるエッセー本だ。
この本はこんな質問から始まる。「食料や水、電気やガスは足りていますか?」。平野さんは、戦争の状況は国内地域によって大きく異なると前置きをした上で、「現時点(2024年8月)では、キーウにおいて物不足はほぼないと言い切って大丈夫です」と答える。続けて、物資が運ばれる経路やガスが止まった地区の話、ロシアによる電力インフラを狙った攻撃が生活に及ぼした影響を簡潔に説明する。「ロシアの全面侵攻前後、学校や会社、役所やお店の様子はどうでしたか?」「個人でできる、やっておくべきだった戦争への備えはありますか?」。遠くに住む友人へ向けるような率直な問いに、平野さんは1つずつ生活の体感を伴った答えを返していく。
この本が浮かび上がらせるのは、首脳会談や戦闘の様子では伝えきれない、「今、戦時下の町に住んでいる人たちの心模様」だ。平野さんが本書を執筆したキーウのカフェでは、若者たちが音楽の流れる店内で歓談したり、ノートパソコンで仕事をしたりと、日本と変わらない景色があったという。しかし一見平凡なその日常には、侵略への怒り、国の存続への不安、将来が脅かされる苦悩が存在し続けている。
戦争のある中でも、生活(日常)を送っている。それは侵略に対する戦いの1つだと平野さんは結ぶ。ウクライナに暮らす、私や貴方と変わらない市民の戦いを、ぜひ読んでほしい。