桜の下で幸せそうに喜ぶ患者さんを見て思わされたこと
Aさんも花見に行くことを希望されました。Aさんは大量の酸素吸入が必要だったため迷いましたが、直前になって少し顔色も良くなり、「桜のところへ行きたい」と言われ、即、連れて行くことを決心しました。
酸素吸入の音をたてながらストレッチャーに乗ったAさんを、医師と看護師みんなで桜が咲いている枝の真下、花が顔にかかるほどのところまで連れて行きました。Aさんは顔の真上の桜の花を見て、「きれい、きれい」と喜んでいます。
これまで、呼吸の苦しみやつらさでずっとこわばっていたAさんの顔から、こわばりがまったくなくなって、にっこりと幸せそのもののように見えました。一緒にAさんを運んだ看護師たちと私も、汗を拭きながらお互いにっこりと顔を見合わせました。
病気の進行は誰も止められません。苦しい、つらい中で、誰もその運命をどうすることもできないのですが、その中でも一瞬緊張が抜ける、一瞬でも幸せを感じることができる――。人間とは、こんなにつらい状況になってもそれが可能なのだと思わされました。
桜の枝を折って、Aさんと一緒に病室に戻りました。Aさんがあんなに喜ぶなら、もっとたくさんの花がある桜を見せたかったと思いました。