胃がんだけではない…ピロリ菌の“悪業”が大病の原因にも
胃弱な日本人の約半数が感染
日本では胃がんで命を落とす人が少なくない。その数は年間約5万人。欧米諸国に比べてその発症頻度は10倍近いというから驚く。研究が進むにつれて胃がんの発症には胃の中に棲む「ピロリ菌」が大きく関わっていることが分かってきた。さらに、そのピロリ菌がさまざまな病気を引き起こす原因になるとも言われているのだ。そこで、ピロリ菌研究を通して、胃がんの革新的な治療法や予防法の基盤を構築するなどの業績が認められ、紫綬褒章を受賞した東京大学大学院微生物学研究室の畠山昌則教授に話を聞いた。
■5歳以下で感染して一生胃の中で飼い続ける
ピロリ菌の存在が明らかになったのは今から37年前の1982年。「強酸性の胃酸の中に棲んでいる菌などいるはずが無い」という当時の常識を覆したオーストラリアのマーシャル博士らによって発見された。
ピロリ菌は人間の体にもともと棲みついている常在菌ではない。だから、生まれたばかりの赤ちゃんはピロリ菌を一匹も持っていないのだそうだ。
「ピロリ菌は感染によって体の中に入ってきます。例えば、赤ちゃんにとって最も身近な存在のお母さんがピロリ菌の保菌者なら、口移しでモノをあげたりすれば赤ちゃんはほぼ100%感染します。5歳以下で感染が成立することがほとんどで、そうなったら最後、胃の中で一生飼い続けることになるのです」
日本人の持つピロリ菌は世界最強
今、日本人では5000万人から6000万人がピロリ菌の保菌者だといわれている。ピロリ菌の弊害で最も深刻なのは胃がんの発症に大きく関わっていることだ。
こんな研究結果がある。ピロリ菌に感染している人1246人と、していない人280人を10年間追跡調査したところ、感染していた人の中からは36人に胃がんが発症したのに対して、感染していなかった人からは胃がん患者が1人も出なかったというのだ。
「もし、ピロリ菌が胃がんとは何の関係もないとすれば、ピロリ菌感染の有無を問わず同じ割合で胃がん患者が出るはずです。この結果から考えれば、胃がんはピロリ菌保菌者からしか発症しないといえるのではないでしょうか」
では、なぜピロリ菌が胃がんを起こすのだろうか?
「ピロリ菌には菌の表面から出ているミクロの注射針があり、それを胃の細胞に刺してCag(キャグ)Aと呼ばれる発がん性のタンパク質を送り込みます。そして、細胞内でCagAにリン酸が結合すると細胞を増殖させる酵素SHP2と結びつき、その働きが異常に活発となりがんの発症を促すのです」
しかも、日本人が感染する東アジア型のピロリ菌は欧米型に比べ発がん活性がはるかに強く、胃がんを引き起こしやすいと言われている。これは日本人のピロリ菌が作るCagAがSHP2と結合する力が他国のピロリ菌と比べて100倍も強い構造をもっているためのようだ。一方で、衛生環境の影響でピロリ菌感染の多いアフリカやインドだが、CagAの力が弱いため胃がんの発症が少ないというから驚きだ。
さらに最近では、このピロリ菌のCagAタンパク質が、血液を介して全身をめぐることで胃がん以外の心筋梗塞や狭心症、動脈硬化、妊娠中毒症などを発症する可能性があることも分かってきた。
■まずは胃の検査を
まさに、「百害あって一利なし」の厄介な存在であるピロリ菌は今すぐにでも退治したくなってくる。それには除菌治療を受けることだ。
「胃がんはもちろんその他の病気のリスクを考えると除菌することをお勧めします。一度除菌すれば再び感染することは極めて稀ですからから安心してよいと思います」
そもそも日本人は胃弱とも言われている。「2人に1人が不調を感じている」。そんな調査報告があるほどだ。
健康診断の季節でもある。この機会に胃の検査をしっかりしておきたい。
再注目の「LG21乳酸菌」のピロリ菌抑制効果
ピロリ菌の活性を抑制する働きがあると、多くの研究者から再注目されているのが「LG21乳酸菌」だ。
この乳酸菌は酸に強く、胃の粘膜に生きて長く留まって活発に活動するという特徴を持っているが、ピロリ菌保菌者29人に1日2回、LG21乳酸菌入りのヨーグルトを1回あたり90グラム摂取してもらい、その前後でピロリ菌数の変化を調べたところ、通常のヨーグルト(プラセボ)とLG21乳酸菌入りヨーグルトでは、明らかに後者に有意な低下が見られたという。さらに、ピロリ菌除菌をする際にLG21乳酸菌を併用すると、除菌効果が高まることも報告されている。
ピロリ菌の魔の手から逃れるためにもLG21乳酸菌の名前は覚えておいても損はなさそうだ。