(1)「娘さんが責任を持つなら手術しましょう。ただ…」
孝一さんは60代で離婚し、気ままな独居生活を続けていたが、2年前の75歳のときに「認知症1」の診断を受けた。ひとり娘の裕子さん夫婦とは別世帯である。
裕子さんが孝一さんの認知症を自覚したきっかけは、たわいのない日常会話だったという。
「学校の教師を務め記憶力も聡明だった父が、2年前あたりから、同じ話を何度も繰り返すようになりました。ボケ症状が急速に進んだことに不安を覚え、病院で診察を受けたところ『認知症1』と診断されたのです」
やがて孝一さんは、裕子さんに何度も「夜歩いていると対向車のライトが異常にまぶしい。新聞の記事もかすれて見えて、読みにくい」と訴え、白内障の手術を希望した。
手術をする眼科専門クリニックは、近所に住む孝一さんの友人が紹介してくれた。
院長は術前検査を行い、手術日の日時を指定すると、裕子さんにこうつぶやいたという。
「娘さんが責任を持つならやりましょう。でも本当はね、白内障手術は認知症にかかる前にやって欲しかった。認知症の人には、術後の点眼薬の使用が難しいのです」 =つづく