個人的な恨みは仕事で社会的にリベンジせよ
「高瀬舟/山椒大夫」森鷗外著 海王社文庫(朗読CD付)972円
夏目漱石と並び称される文豪にして陸軍軍医総監、文系、理系の対極的な2つの分野で頂点を極め、輝かしい足跡を残した森鷗外。日本文学界きってのエリート中のエリートだ。鷗外を読んでいるというだけで、(小難しそうだけど)すごそうと思わせる。だが内容は深くとも、文章はすっきりしていて、後期の短編などは読みやすくて面白い。中世の伝説を小説化した「山椒大夫」などはその代表格だ。
時は平安時代、安寿と厨子王の幼い姉弟は、筑紫へ左遷されて10年以上帰らぬ父をたずねて、母に連れられ、東北の岩代からはるばる九州へと向かう旅に出るが、越後で人買いにだまされ、母は佐渡へ、姉弟は丹後の金持ち・山椒大夫へ奴隷として売られてしまう。しかも逃亡を企てた奴隷にはなんと焼き印の掟だ。
しかしある日、姉の安寿は自分のお守りの守本尊を厨子王に手渡し、弟の逃亡を助け、自らは入水して果てる。都まで逃げ延びた厨子王は、関白の娘の病を安寿の守本尊で治したのが縁で、関白から筑紫の父へ使いが出されるが、無念にも父はすでに他界。だが、やがて丹後の国守に出世した厨子王は、佐渡に渡り、盲目となった母と感動の再会を果たす。
ところで、丹後の国守に任ぜられた厨子王が真っ先に手をつけた政策は、丹後での人の売買の禁止だ。山椒大夫もやむなく奴隷を解放し、賃金労働者として雇うことにしたが、その結果、以前より生産性が上がり、ますます富み栄える。恐怖によって劣悪な労働条件でこき使っていた奴隷を解放し、給料を払って待遇を改善したことで、士気が上がったのだ。これはどこかブラック企業の問題を思わせる。
実は小説のもとになった伝説では、国守になった厨子王は山椒大夫を復讐のために処刑するのだが、鷗外はその個人的な復讐劇を、近代的な社会改革のドラマへと書き換えている。いわば社会的にリベンジしたのだ。個人的な恨みを転じて、社会的に大きな仕事を成し遂げる。自らの禍を転じて多数の福となす。厨子王にあやかりたいものだ。