ベストセラ― 編集者パーキンズに捧ぐ
「編集者は書かない。だから作家は編集者を恐れるし、頼りにするんだ」
学生時代、末席につらなった某文芸誌の編集部で聞かされた言葉だが、その心は「編集者は作家と狎れ合うな。作家に緊張と信頼を与える存在になれ」ということだった。
もっとも実際にそんな編集者はほとんどいないのが現実だが、ではこんな関係は?――と思うのが来週末封切りの米映画「ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ」。
1920年代と30年代といえばフォークナーやヘミングウェー、フィッツジェラルド、スタインベックらを次々と輩出した米文学の隆盛期。わけてもトマス・ウルフは「最もアメリカ的な」といわれた文学を創造した奇才で、映画は彼を見いだしたスクリブナーズ社の編集者マックスウェル・パーキンズとの関わりを描く。ジュード・ロウ演じる自己抑制のきかない若いウルフに、文字通り鬼になって対するパーキンズ役が「英国王のスピーチ」のコリン・ファースという布陣も話題だそうだ。
日本の出版界では新人がいきなり書き下ろしの単行本を出すことはないので、同様の関係は文芸雑誌が舞台になる。
大久保房男著「文士と編集者」(紅書房 2500円+税)は、かつて「群像」の鬼編集長として知られた人の随想集。作家と狎れ合わず、大家にも臆せず意見することで知られた伝説の主が、現役をしりぞいてかなり経ってから「文壇」の時代を語り出した。大物作家を囲む取り巻きの群れを一顧だにせず、煙たがられもしたが絶大な信頼も得た人の文物はさしずめオコゼにも似た滋味である。
〈生井英考〉